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【FY】詰め合わせ

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甘くない言い訳



「んー……」
 深夜に入った時刻、宿舎の共有スペースにあるテーブルに腰を落ち着けた有楽町が、新聞を読みながらさりさりと唇に手をやっている。そう言えば朝のミーティングの時も触っていた気がするから、どうやら今日の彼はそこが気になるらしい。
「有楽町、どうかしたの? 口」
「日比谷」
 読んでいた本を持ったまま、対角線だった位置を彼の向かいへと移動させる。すると有楽町は再び口元へと手をやって、「かさついてるんだよな」とぼやいた。
「何か唇が荒れるような事でもあったの?」
「……んー、まあ、ちょっと」
「ふうん?」
 曖昧な答え方をされたのが少し引っかかったが、原因まで根ほり葉ほり聞く必要はないし、日比谷はそこまで有楽町のプライベートに踏み込む気はなかった。あれこれと聞きたい相手は他にいるのだ。生憎と、相手はそんな事は察してはくれないけれども。
(まぁ、冬は乾燥する時期だし)
「リップクリームでも塗った方がいいよ。持ってないの?」
「持ってないって。普段使わないし」
 それもそうか。
 リップクリームを常備するような女々しさは有楽町にも日比谷にもない。若い男ならばそう言う事もあるかもしれないが、半蔵門や南北、そして彼の後輩である副都心と比べて、自分達はそこまで若くはない。彼らがリップクリームを持っていると言ってもまあ納得出来るが、有楽町が持ち歩いているとなると少しイメージが違ってくる。よくも悪くも、有楽町は自分には無頓着なたちがあるからだ。
「でもさー有楽町、そのまんまじゃ皮ベロベロになっちゃうぜ?」
「……半蔵門」
 ――こいつめ、いつの間に。
 当然のように半蔵門の隣の椅子をギシリと音を立てながら腰掛けて、半蔵門がへらへらとした笑みのままだらしなく頬杖をついた。
「取り敢えずさ、蜂蜜でも塗っとけば、蜂蜜」
「……ああ、いいかもね。確か棚にあったよ、塗っておけば? 有楽町」
 隣の馬鹿の言う事も一理ある。蜂蜜には乾燥から保護する力があると言うし、リップの類がないのならば塗っておくに越した事はないだろう。
 日比谷がそう言うと、有楽町はそうかな、と首を傾げる。と、その瞬間に扉が開いて、まるで盗聴でもしていたかのようなタイミングで副都心が顔を覗かせた。
「先輩、こちらにいらっしゃったんですね」
「副都心」
「お疲れ様、副都心」
 横の半蔵門はその姿を目で追うだけで何も言わなかったが、一応の礼儀として挨拶を口にしておく。副都心は誰かさんみたいに当然のように有楽町の横の椅子を引きかけたが、そこで半蔵門がさっと手を掲げて、待った、と声を上げた。
「半蔵門さん?」
「ちょっと副都心、お前着席する前に棚から蜂蜜」
「はい?」
「有楽町がね、唇がカサカサになっちゃってるんだって。リップを持ってないって言うから、それで今、取り敢えず蜂蜜を塗っておけばって話をしてたんだけど」
「――ああ、なるほど」
 それはすいませんでした先輩、と副都心が訳知り顔で彼の耳元へ囁き掛ける。顔を寄せられた有楽町が眉間に皺を寄せていたから、恐らくは彼と「色々」とあった結果に唇が荒れてしまったのだろう。仲睦まじい事この上ない。
「そう言う事でしたら、明日責任を持って買って来ますよ」
「責任ってお前、有楽町を嫁に娶るみたいな言い方すんなよ」
「嫌だなぁ今更ですよ半蔵門さん、もう娶ってます」
 繰り広げられる年下組の会話に関して、有楽町はもうツッコミを入れる気すらないらしい。はあ、とあからさまな有楽町の溜息も聞こえぬ様子で、備え付けのキッチンへと向かった副都心ががさごそと棚を漁る。
「ありましたよ、先輩」
「お、サンキュ」
 一度カウンターテーブル越しに掲げて見せてから、副都心が蜂蜜の瓶を持ってきた。料理に使うにしたって出番のそう多くない蜂蜜は、その使用頻度の低さを示すように小さな瓶に入っていた。ただ確か銀座が買って来たものだった気がするから、値段に対して大きさが不相応であるものに違いない。
 瓶を受け取ろうと差し出した有楽町の手からひょいと逃げるように瓶を揺らめかせて、副都心は有楽町と向かい合うように椅子を横にして腰掛けた。キュ、と高い音と共に、瓶の蓋がくるりと回る。
「おい」
「はい先輩、口開けて下さい。塗り辛いですから」
「お前……」
「先輩じゃ手ベタベタにしそうじゃないですか、ほらほら」
 律儀にも一緒に持ってきたスプーンで一度掬い取ってから右手の人差し指にとろりと蜜を垂らし、副都心が空いた左手で有楽町の頬を取った。
 これはマズい展開かな、と向かいの有楽町に気付かれぬようにひっそりと息を吐いて、隣の半蔵門の様子を窺ってみる。流石にKYと呼ばれる彼も何となく察するものがあるらしく、ラインカラーと同色の目をきょとんと丸くさせてこちらを見ていた。
(……やれやれ)
 いつこの部屋を出て行ったものかと算段を立てつつ、目の前で繰り広げられる光景へ視線を向ける。うっと息を詰まらせた有楽町の頬を取った副都心は、そのまま親指を口の端にあてて緩く唇を開かせた。そうして半開きよりもやや閉じ気味の、歯も覗いていないそこへ右手を滑らせる。
「う……」
「動かないで下さいね、顔に付きますから」
 鼻歌でも歌い始めそうな顔で、副都心が丁寧に上唇を撫でる。日比谷としては薄く伏せた目元をほんのりと赤くさせて羞恥に耐える有楽町の顔など見たくはなかったのだが、席を立てるような空気でもなかった。
 上を塗り終わったら今度は下、と、副都心は上唇よりもふっくらと厚みを帯びた下唇へ指を落とす。ぺっとりと蜜を塗られた有楽町の唇は不自然なくらいに光っていて、そこだけ見ればまるでグロスを塗った女性の唇のようにも見えた。
(塗りすぎだよ、副都心)
 そんな日比谷の思考を読んだのか何なのか、副都心がこちらをちらりと見てから微笑んだ。口の両端はこれでもかと吊り上がっていると言うのに、目が笑っていないのだからたちが悪い。
 有楽町の唇に触れていた人差し指をぺろりと舐めてから、まるで始めからそうするつもりだったかのような所作で、副都心は有楽町へ口付けた。
「な、な、な、お前………!?」
 有楽町が驚く暇も与えず唇を押し付け、拒絶される前に顔を離す。蜂蜜の移った唇を舌なめずりして、副都心はあくまで朗らかな声音で頷いた。
「さ、これで大丈夫ですよ先輩、いい感じに塗れました!」
「おま、そう言う問題じゃ……!」
「何照れちゃってるんですかもう、可愛い人ですねぇ」
 ははは、と口だけはオーバーに笑い声を上げ、副都心は何事もなかったように蜂蜜の蓋を閉めている。そろそろ頃合いだろうと本を掴んだ日比谷の目の前で、ぺろりと舌先で唇を舐めた有楽町が唸くように文句を零す。
「うっわ甘。――お前なぁ、自分でやるって言っただろ、オレは」
「そうやって舐めたりするじゃないですか、先輩。ダメですよ、蜂蜜好きだからってべろべろ舐めちゃ。どうしてそんな唇になっちゃったのか思い出さないと」
「………」
(はあ、舐められたのか)
作品名:【FY】詰め合わせ 作家名:セミ子