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「 ソノ鳥 ネガイカナエシモ 人 サラウ モノナリ 」

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「そこだけだ。――だが、いいか?わたしの知る『手品』というのは、閉じ込められた箱の中から抜け出すとか、封筒の中のカードを当てるだとか、そこから変形して、死んだ人間を呼び出す、という類のものだ」
「ひえ〜。死んだ人間を、呼び出すなんて出来るんですねえ」
 垂れ目を見開き、煙を吐く部下は、本気で感心したように言い、上司にぴしゃりと返される。
「『手品』だ。種も仕掛けもある。手っ取り早く言えば、インチキだ」
「・・・まあ、そういうことですけど・・」
 腕を組んだ黒髪の男は、不機嫌な顔を窓にむける。
「――― そんなものに、軍人が惑わされてどうする」
「・・・本当に、『インチキ』なんすかね・・」
「――― なにが言いたい?」
 顔をもどした男と数秒見合う。
「―・・いえ、世の中には『不思議』なことがあるもんだっつうのを、ちょっと身をもって知ってたりするんで」
「・・・冗談はよせ。そんな存在を、仮にも軍人たるものが、軽く認めてどうする?今度のも、いったい何をみせられたのかは知らないが、あの場所をどくよう伝えるだけの仕事を、まだどこも遂行できていないなど、恥と思え」
「でも、話してる相手が“途中で宙に浮いたり”、“動物に変わったり”、なんて、おれでもちゃんと、どくように伝える自信ないですけどね」
 ぷかりと吐いた煙を、向かいの男は笑った。
「―― そうか、わざわざ誘って何の話かと思えば、志願したいわけだな?」
「・・・どこをどうすればそうなんのかさっぱりですが・・・でもまあ、興味あるのは事実です。戻ったやつらが一様に寝込むらしいですから、おれも、戻ったら三日ほど休みを」
「おまえがそんなに仕事熱心だとはな。 ―― まあいい」
がたりと席を立つ男はグラスの酒を一気に飲み干し、金髪の前に音を立てて置く。
「おまえの給料では、普通頼まない部類の酒だ。買収されてやろう」
「今日の残業手当分以上ですから」
「ただし、今回だけだ。―――わたしは、こういう類の話には、のらないようにしている」
「・・・知ってます」
 煙草をもみ消す金髪も、グラスをあおった。







 まずはじめに住み着いたのは、街から離れた、軍専用だがめったに使われない緑の中。だから、気付いて通報したのは、近くの農家だった。
 静かな緑に、突然立ち始めた色とりどりのテント。
 あたりをうろつくようになった大型のヤギに作物を食い荒らされる心配もあったが、それは杞憂に終わる。どんなに畑の近くに来ても、動物は作物に興味を示さなかった。
 テントの住人達もそのうち姿をみせ始める。
 はじめは夜。
 なんだか不思議な音楽が聞こえてきて様子をみれば、大きな焚き火を囲み、男や女が見たこともない楽器をならし、女が数人狂ったように身体を動かしていた。
 
 軍がまた、なにかおかしいことを始めたのかと思っていたが、――これはきっと、違うのだ。

 女と目があったら、手招きされ、農民はあわてて家に逃げ帰り、次の日軍に通報した。
 それからすぐに軍人が、入れ代わり立ちかわりやっては来るのに、いまだに、テントは並び、テントと同じように色鮮やかな着物をまとう人々は、じわじわと街のほうへと進出しはじめた。
 
 楽器を持ち、道端に陣取り、軒先を借り、男が歌い音を鳴らし、女が軽やかに舞い踊る。
 聞いたこともないのに、懐かしいような響きの音に、理解できない言語をのせた歌は、朗々と響く。
 見たこともないステップ、揺れて光る宝飾品、広がりひるがえる着物の裾。
 人々は足をとめ、見入った。
 中には小銭を投げる者もいた。
 だが、彼らはそれを、拾わない。
 
 子どもが、踊りを見ていて、握った飴を落としてしまった。
 泣き出した子どもの前に、踊りをやめた女がかがみこみ、差し出した手の中には、見たことも無い美しい色の羽を持った小鳥。
 それが、子どもの顔をみながら美しくさえずり、泣きやんだ子どもの頭の上を回って飛んで、笑った子どもが出した手をすうっとよけると、そのまま天高く飛び去った。
 見送った人々が顔をもどせば踊り子も弾き手もおらず、代わりのように置かれたのは、籠に山盛りの、色とりどりの新しい飴。

 これで、――― 言葉は通じないが、良き隣人であることは証明された。

 人々は今では何の抵抗もなく彼らを受け入れている。
 金は受け取らないので、市場の店主たちは現物を渡したりする。
 彼らは笑顔でそれをもらいうけ、一瞬でどこかへ隠す。変わりに、見たこともない美しい花をどこからともなく取り出し、差し出す。
 風邪で咳き込んでいる老人がベンチにいれば、なにやら小さな飴を渡され、食べるようしぐさで示される。口にいれれば、ひどく身体が楽になった、なんて話もある。







「―― 慈善事業ってやつですかね」
「目的は?」
 さあ、なんて、運転する部下が肩をすくめたとき、その明かりが見えた。
「わお。毎晩焚き火ってのは、ほんとらしいですね」
「・・・・・・・」
 大きく組み上げた木々から昇る炎を見た男は、口を結んだ。
「大佐?」
「・・・まあいい。車をこの辺に置こう」
 通報した農家の近くから歩くことにする。
 足元の草の中からは虫の声。
 先ほどまで聞こえてきた音楽が、やんだ。
 目指した明かりも、一気に消え去る。
 ――― ばかな
 あれだけの炎を。

          「なにか、ごようか?」

 目指したむこうの暗闇から響いたのは、若い男の声だった。
「しゃべれるんだ・・・」
 部下の言葉に、声が笑った。
「しゃべろうと思えば。―― それより、あなたは、何だ?」
 どうやら自分のことらしいと思った男は、周りをさぐり答える。
「わたしは、この敷地の所有者であるところの人間でね。軍人という種族の者だ」
「そうではない」
 声が、硬く否定する。
「あなたの後ろの人はそうだろうが、あなたは、いったい何だ、と聞いているのだ。
      ――― おかしなことを、するだろう? この世の決まりに反したことを 」
「・・・それは、あなたも同じなのでは?」
 声は笑った。
 それにつられるよう、たくさんの笑い声が沸き起こった。
「―― 残念ながら、あなたとわたしでは、方法がちがうのですよ」
「『手品』、だとおっしゃるのか?」
「ああ、そういう呼び名があるのですか?・・ならば、そうでしょう」
「―― わたしは、そうだと思わない。あなた方、どこからいらっしゃったと?」
「何度も答えたが、空からです」
「・・・まあ、・・いいでしょう。では、ここへ降りた理由は?」
「少しばかり、雨宿りに」
「・・・・・・・・」
 このところ、おかしいほどの晴天が続いている。
 ――― ああ、怒ったな、今の。
 暗い中、上司の顔を盗み見た部下は思った。
 だがその声音に変わりはなかった。
「―― ならば、いつ、空へお戻りに?」
「雨がやめば、すぐにでも」
「ほお。こちらの天気とは関係ないようですな」
「空の中の話ですのでね。・・・ねえ、・・・あなた、・・・たくさん、・・・燃やしましたね?」
「っ!? ―――― 」