「 ソノ鳥 ネガイカナエシモ 人 サラウ モノナリ 」
「おうおう、あんた姿もみせずなんだか失礼なかんじだな。おれらは仕事しに来てんだよ。わかる?おたくらがどこから来たとか、なんでここにいるのかは、関係ねえの。ここは、軍関係者以外、立ち入り禁止。入っちゃダメなとこ。あんたらみたいに勝手に住み着くのが出ると、他にも絶対出てくんだよ、そういう迷惑なのが。だから、今すぐ出て行け。以上」
いつものように飄々とした様子の部下が、一気に命令。
まんまとむこうにハマっていた上司は、ようやく己を取り戻す。
「―― そういうことだ。承知願おう」
とたんに、ぼつっ、と空気がふくらみ一気に焚き火が揺れあがった。
明るさを戻したそこには、たくさんの人間。
「残念ながら、承知はできかねます。―― こちらは、我らの長、その長が、この場を選ばれた。雨がやむまで、ここから動くことはできません」
まったく気配を感じずに、その若い男に、背を取られていた。
二人とも、振り返ることができない。
『長』と思わしき白い髭の老人が、目の前でゆっくりと空に浮かびだす。
「―― 雨がやむまで、いま少し、ここをお貸し願いたい」
見上げるほどの高さに達した老人がしゃがれ声を出し、次の瞬間、鳥に姿を変えた。
とたん、いっせいに周りの者も空へと浮かんで鳥になり、羽音もはげしく飛び回り、けたたましくさえずり、二人は襲われるように、その視界いっぱいに ――――。
「悪さはいたしません。―― あなたがたが、仕掛けてこなければ」
己を庇う腕を二人がどけたとき、そこにはまた、だれもいなかった。
「手品ねえ・・・」
緑の中の鮮やかなテントを眺めながら、煙草をふかす軍人は、子どもに、ここまでの話をし終えた。
「もしくは、大佐いわく『幻覚作用』」
「ああ、その焚き火があやしいってわけか」
理由を知った兄は機嫌を直したようだ。弟は、ヤギを従えてむこうでくつろいでいる。
ここは、昼間に人の気配はない。
――― みんな街中で踊ったりしているのか?
ぷかりと煙を吐き、あの夜を思い出す。
「あそこらへんだと思うんだわ。焚き火をするのって」
煙草を指に挟み、弟がいるさらに向こうを指す。
「あの日も、人の気配がなくなった後に見に行ったんだけどな、・・・焚き火のあとどころか、炭も燃えカスも何もなかった」
「・・・まったく?」
「まったく」
「鳥になった人たちは?」
「テントの中をのぞいたけど、誰もどこにもいなかった。―― おかげで、帰りの車での大佐のご機嫌は急下降で、次の日には大将たちの足取りを至急調べて、しばらくこっちに寄らないよう伝えろって。すっげえやつれた顔で命令されたんだけどな、・・・たぶん、あの人のことだから、調べてたんだと思うぜ。・・朝まで」
「は?調べろって、少尉が命令されたんだろ?」
「大佐が調べてたのは、このテントの住人の方。どこだかの古い伝説が、とかぶつぶつ言ってたし、調べものがあるとかって、仕事の束をほっぽって抜け出て、中尉のお説教も半分聴いて、いきなり帰ったから」
「・・半分・・・なんて怖いものしらずな・・・」
自分の腕を抱くようにした子どもを見下ろす男は、思わず笑う。
「まあ、なんつうか、大佐がムキになってんのは、あの怪しい連中の正体をつきとめて自分が安心したいってのが、半分。もう半分は、―――― 」
「?半分は?」
「・・・・・まあ、あれだ」
「あれ?っでえ!!」
のん気に見上げてくる子どもの背を、思い切りよく叩いてやった。
「おかしな事が起こったら困るだろ?だれかさんが巻き込まれるなんてことあると、もっと困るしな」
「ってえなあ!なんで叩くんだよ!・・え?・・巻き込まれるって・・もしかして、おれたちのこと?」
ふいに、子どもが子どもらしい質問をした。
「ガキ扱いすんな、とか怒りなさんな。こんなでも、おれたち一応オトナなわけよ。で、いろんなことに巻き込まれやすいどっかの誰かさんたちは、おれたちから見りゃ、立派なオコサマだ。―― にらんだって本当のことだろ?・・・おれもがんばって調べたんだけど、なにしろおまえら、動きが早いからなあ。結局間に合わなかったわ」
あははは、と笑って、携帯用の灰皿に煙草を押し込む。
「――・・大佐がな、大将は、ちょっとそういうのには弱そうだから、心配してんだ」
「よ、よわいイ?おれがあ?」
一瞬でスイッチが入り湯気が出そうなこどもの頭を叩く。
「こんな素直で、まっすぐすぎるから、ああいうのにつけこまれそうだってこと。おれも同感。―― 昼間で誰もいないのがわかってたから、ここには連れてきたけど・・、できれば、あいつらと大将は、―― 会わせたくねえなあ」
「っな、な、」
真っ赤になって何かに抗議しようとするのを無視で、ヤギと戯れる弟に戻るぞと合図した。
ぴゅるるるるるるっりりりりりりり
高く美しい鳥のさえずりが響き、突然、ハボックは子どもの手を取って走り出す。
「ちょ、ちょっと、」
戸惑う子どもを車に押し込み、にぎやかな音をたててくる弟も飛び乗ったところで急発進。
「ど、どうしたんです?」
置いていかれそうになった弟は、兄を潰しそうな体勢のまま質問した。
「―― わかった」
「は?」
車を加速させる男は、一度後ろを振り返る。
「・・・昼間、みんながみんな、街に出てるわけねえんだ。あれだけの数」
少尉?と呼びかける子どもの声は、男には届かない。
独り言になった苛立つ声で、ハボックは続けた。
「―― 鳥になってやがんだ。昼間、街にでないやつらは、あの、鳥になってんだ」
ぴゅるるるるるっりりりりりり
高く美しいさえずりがよみがえり、寒気に襲われた。
外に、出たらだめっていわれてもなあ・・・・・。
昨日はあれから逃げ込むように司令部に着き、兄弟はそのままむさくるしい男たちが寝泊りする官舎に連れていかれ、宿を自分達でとることを許されなかった。
自由を奪われたようで抗議すれば、一緒に泊まることになった少尉がにやりと教えた。
「ここにいる間、軍の施設から出るのを禁止にしたの、中尉だけど?」
・・・・抗議、できそうもない・・・。
しかし、何をもって、この自分達兄弟を巻き込まれそうと断定するのか?
昼食の時間、食堂でそんな疑問を口にすれば、まわりの男どもは皆いちように黙り込んでしまった。
え?おれたちって、そんな感じ?
ちょっとショックな兄は、ぼくは知ってたよ、とフォローにならないフォローをした弟を残し、敷地内の散歩に出た。
見慣れた建物。
つまらない庭。
こんな、囲われてせまい敷地内ですごせって?・・・・・・・敷地・・・・・内。
にやり、と金の眼が、柵を見上げた。
―――― そうだ、ここは軍の土地だ。
見渡した明るいテントの色に、子どもはひとりうなずいた。
言い換えれば、軍の施設内(催し専門の)と呼んでもいい場所なのだ。じゅうぶん、『敷地内』。
作品名:「 ソノ鳥 ネガイカナエシモ 人 サラウ モノナリ 」 作家名:シチ