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泥酔親分

　世界会議終了後、皆でご飯でもと入った店で事は起こっていた。
「ヴェー、スペイン兄ちゃん……」
「おい、スペイン。しっかりしろ！」
　フランスとイギリスの飲みあいに巻き込まれ、スペインまで参加の大酒宴が繰り広げられていたのが一時間前。それが終わったと思ったら、スペインの様子がどうもおかしい。
　のほほんとしているかと思えば、急に愚痴を延々と話し始める。こちらの言葉は聞こえていないのか、反応は無い。肩揺らしても叩いても愚痴を延々と言い続け、場の空気が凍っていく。
　いつもの姿との格差に驚いていると、酔いつぶれていたフランスが目覚めた。
「んー……。ん？　あー、スペインやっちまったか」
「フランス兄ちゃん、スペイン兄ちゃんが怖いんだよー！」
　目覚めて早々に友人の異変に気付き、溜息をついた。
　事情を知ってるような素振りに、ドイツが説明を求める。
「スペインの奴、飲みすぎるとこーなるのよ。……って、こうなってどん位経ってる！？」
「一時間程でしょうか」
　急に焦り始めたフランスに、日本が答える。その時間に顔を引きつらせると、ヴェネチアーノに勢いよく振り向いて指示した。
「やばい、コイツそろそろ暴れる時間だ。イタリア、ロマーナ呼べ！」
　普段は気をつけて飲んでいるが、一定量を超えると愚痴モード発動。そして愚痴を言い始めて一時間程過ぎると、もう手がつけられなくなる程に見境なく暴れる。
　フランスの言葉に、その場全員が青ざめる。店の中で騒ぎは止めて欲しいと酔っ払いの腕を引っ張るが、根でも張っているのか頑として動かなかった。数人で動かそうとしている間に、スペインの愚痴の中に怒りが混じってくる。
「……ここを捨てて逃げよう」
　もう無理だ、とフランスが撤収作業に入ろうとした時。
　女子メンバーと別の店で食事をしていたロマーナが到着した。
「姉ちゃ〜ん！　助けてー！！」
　怖いと訴える弟の横を抜け、遠巻きにされている男の下へつかつかと歩いていく。皆が見守る中、まずロマーナはスペインの頭を思い切り殴った。頭を押さえて机に突っ伏す元親分に、更に叱り付ける。
「いい大人が何やってんのよ！」
　日本達に迷惑かけるんじゃないと怒る声に怒りの形相で振り向くも、相手がロマーナだと分かりスペインは抱きついた。座ったまま抱きついた為、完全にロマーナの胸に顔を埋める姿になっている。
「ロマーナやーん！　会いたかったわぁ」
　豊かな胸を顔で堪能し、先程までの愚痴モードは完全に消え失せた。今はハートマークが飛んでいる始末。あまりの変わりように周囲が唖然とするが、胸を貸しているロマーナは慣れた顔をしていた。
「スペインずるいー！」
　男として羨ましい状況に、フランスが抗議する。
　その声に頷き、ヴェネチアーノも被せる。
「スペイン兄ちゃん、ずるいっ！」
「あんた達、黙ってなさいよ」
　前後も分かってないような酔っ払いを羨ましがるなと、ロマーナは二人に半目で突っ込む。取りあえず皆に迷惑をかける為この酷い酔っ払いをホテルにつれて帰ろうとするが、相変わらず話の通じない酔っ払いは、ロマーナに抱きついたまま嫌嫌と首を振るだけだった。
「ス・ペ・イ・ン！」
　怒っても叩いても、立ち上がる所か離れることも無い。元親分の残念な姿にいい加減堪忍袋が切れ、ロマーナがスペインに冷たく言い放った。
「……動かないと、フランスのところに嫁に行くわよ」
「わあああああああああああああ！！！　それだけはあああああ！！」
　放たれた言葉にスペインは勢いよく立ち上がった。顔は青ざめ、一気に酔いが引いたようだ。それだけはアカンと抱きつき止める男の酔いが引いたことを確認し、ロマーナはホテルに帰ることにする。
「帰るわよ」
「はい！」
　犬のように素早く返事を返すスペインは、まだ少し酔いが残っているようだ。事態を見つめる観衆の中から弟を見つけ、ロマーナは鞄の中に手を入れた。
「ヴェネチアーノ」
　声をかけ、ぽいっと二人の取ったホテルの部屋の鍵を投げる。先に帰るだろうと姉に渡していた鍵を受け取り、ヴェネチアーノは二人を笑顔で見送った。
「了解〜」
「……お騒がせしました」
　ふわふわした足取りのスペインの手を引き、そう言ってロマーナは店を出て行った。最悪の事態を免れ、飲んでいた皆で大きく息を吐く。嵐が去ったような空間にぐったりしている中で、フランスとヴェネチアーノが言い合いを始めた。
「ロマーナ可愛いよロマーナ。本当に嫁に来ればいいのに！」
「えええ、それはやー！」
　スペイン兄ちゃんのハルバードが光るよと冗談で笑う二人に、ドイツは痛む頭を押さえる。煩い大酒宴を乗り越えたと思ったら、一時間も愚痴を聞かされ、助けが来たと思ったらあてられる。
　自慢の体力をごっそり持っていかれ、やけになってジョッキに残っていたビールを飲み干した。騒動の中放置されたビールは温く、さらにドイツを落ち込ませたのだった。