【腐向け】西ロマSS・5本セット【にょたりあ】
マドリッドのサングリア
スペインの家にロマーナが遊びに行くと、彼は大掃除中だった。仕方なく手伝う事にするが、どうにも掃除は苦手意識が染み付いている。過去の嫌な思い出に震えつつ、今は昔よりも高価な壷は無いのだからと安心していたら事件は起きた。
「ロマーナ、大丈夫か!?」
うっかり倒した棚、散乱した床。掃除した筈の部屋は、以前より酷い有様になっている。凄い音に慌てて様子を見に来たスペインは、涙目になった自分の無事を確かめると、床に目をやり大きく溜息をついた。
「まったく……。何時までもこんなんじゃ、ロマーナはお嫁に行かれんな」
「なっ! 今回はちょっと失敗しただけで、……前よりはましになってるし……」
子供の頃はそれは酷かった。今日起きた失敗は日常茶飯事で、成長した今となっては極稀な出来事。それがたまたま現在起きただけで。
言い訳を口にしながら、内心落ち込む。スペインに頼りにされたいのに、相変わらず自分は足手まといだ。しかも今回は「嫁失格」の烙印つき。密かに想いを寄せている相手からの残酷な評価に、下がった顔から出た声は震えた。
「私だって、お嫁さんになれるもん……」
相変わらず空気を読まない彼は自分の変化に気付かず、棚を片付けながらいつもの調子で笑う。
「いや、無理やわ〜。ロマーナがお嫁に行くとか、イタちゃんが空気読む位無理やで」
「スペイン!」
あまりな言葉に、一緒になって拾っていた床の本を投げつける。からからと笑いながら避ける姿に、より怒りが込み上げた。
「はいはい、はよう掃除終えようや。夕飯出来とるで」
怒るロマーナの頭を撫で、スペインがそう掃除を促す。その言葉に子ども扱いが透けて見え、完全に自分は彼の対象外なのだと理解させられた。
「……ご飯で機嫌が直ると思ったら、大間違いよ」
美味しいご飯で懐柔される子供では無いと睨むが、スペインは笑って頭を撫で続ける。暖かい大きな手はいつでも自分の気持ちを穏やかにさせ、それは怒っている今現在でも有効だ。
どこまでもスペインに弱い自分に肩を落とし、ロマーナは床に散乱した物を無言で拾い始めた。
掃除を終え、二人きりの夕飯。大人になった二人の食卓には、ワインの瓶が当たり前のようにある。スペインお手製サングリアを飲みながら、ロマーナは先程の話を繰り返していた。
どうやら気付かぬうちに、結構飲んでしまっていたらしい。フルーティなサングリアはジュースのように飲みやすいが、結局は酒なので飲み過ぎれば当然酔う。彼女にしては珍しいほろ酔いを越えた状態に、スペインは今日は泊まり決定だなと予定を組み替えた。
「なれるもん……ぐすっ……」
半泣きで机に突っ伏す姿に、少し胸が痛む。流石に言い過ぎただろうかと後悔しつつ、それでも間違った事は言っていないと反省はしなかった。とはいえ泣かせたくは無いので、これからは口にしないようにしようと心に決める。
「スペインのばかぁ……」
「ロマーナ、飲みすぎやで〜」
なみなみと注がれたサングリアを飲み干し、ついにロマーナは眠ってしまった。限界まで飲むなんて、本当に珍しい。そんなに嫁に行けないと言われたのがショックだったのだろうか。
眠る彼女の頭をひと撫でし、寝室へ運ぼうと抱き上げる。部屋へ向かいながら、スペインは先程の会話を思い出していた。掃除が出来ようが出来なかろうが、ロマーナに好意を持つものは現れるだろう。なんせ、自分の子分はすこぶる可愛い。
(でもロマーナは行けないんよ)
腕の中の可愛い子は、癖のように頭を摺り寄せてくる。昔から変わらない仕草に胸が温かくなり、額にキスを落とした。
「ほら、ロマーナ。ベッドやで〜」
聞いていないとは思いつつ、声を掛ける。少し反応を返すものの目を覚まさない姿に、少しだけ安堵した。
(お嫁さんになれるって、行く宛てがあるんかい)
ベッドに下ろし、布団を直してやりながら考える。想像しただけで怒りが湧き上がり、こんな顔を見せずに済んだ事に胸を撫で下ろした。
「……どんなに頑張っても、お嫁に行くのは無理やで」
いつものように額や頬にキスを落とし、息を潜めて唇を奪う。
「ロマーナは俺のもんやからな」
誰が嫁になど行かせるものか。行かせるもなにも、もうロマーナは自分のものなのだ。
「大体、こんな体で他に行けるんかい」
鼻先で香るサングリアに、頬が緩む。スペイン語で血を意味する「サングリ」から付けられたワイン。赤いそれは彼女の体を血のように巡り、この国に浸らせている。スペインで育ち、今もその身に血を受けている者が何処に嫁ごうというのか。自分の分身のような子の頭を撫で、スペインは「あほやなぁ」と呟いた。
「ん……すぺ、いん……」
眠るロマーナの唇から、自分の名が零れる。夢さえも支配している事に喜びを感じ、スペインは彼女の隣に寝転んだ。体は自分のもので、夢も自分のもの。後は……。
(心だけ、やんなぁ)
さてどうやって親分子分の垣根を越えようか。
眠る暖かい体を抱き寄せ、腕に閉じ込める。明日起きた彼女に怒られそうだが、昔を懐かしんでとか言えば許して貰えるだろう。現に、今まではそれで許されている。
(……泥酔しとるんやし、既成事実ありと嘘言っても分からんかな)
柔らかい髪の感触を堪能しながら、ふと思いつく。
服を脱がし、お互い全裸で寝てしまえばそう嘘吹けるかもしれないと予想が浮かんだが、彼女の全裸を横に寝れる筈が無いと頭を振る。色々しっかり成長したロマーナは、こうして腕に抱いているだけで凶器があちこちに当たる。
(あーもう、どうしたらええんやろ)
越えたい線は見えているのに、飛び越える勇気が無い。嫌われたら、もう腕に抱く事もキスする事も出来なくなってしまう。ただでさえ最近は、ロマーナの一番近くのポジションをヴェネチアーノに奪われつつあるのだ。これ以上落ちる訳には行かない。
(はぁ……。寝よ……)
考えても辿りつけない願いに溜息をつき、スペインは目を閉じる。腕の中のロマーナが動いたのを感じ、今日は泣かせてしまったから、せめてものフォローで「よその嫁には行けないが、俺の嫁にはなれる」と告げようと思った。
作品名:【腐向け】西ロマSS・5本セット【にょたりあ】 作家名:あやもり