BSRで小倉百人一首歌物語
第50首 君がため(小政未満)
からりと襖の開く音に、小十郎の意識は俄かに浮上した。それと同時に、焼け付くような痛みを肩に感じて、小さな呻き声を上げる。
それでも何とか身体を起こして音の源を見遣れば、怒りとも悲しみともつかぬ感情に顔を歪めた主が小十郎を見下ろしていた。
「…政宗様」
掠れた声で呼びかけると、政宗の肩が僅かにぴくりと動く。だが、それきり部屋は沈黙に支配された。政宗の唇は今にも溢れだしそうな感情を閉じ込めるように、固く引き結ばれている。
「怒って…おられるのでしょう?」
それも無理からぬことだ、と小十郎は思う。この傷が政宗を庇って負った傷などでなければ、おそらく主にこのような顔をさせずに済んだことだろう。しかしこの傷は、背後から政宗に斬りかかろうとする敵兵の刃を甘んじて受けたために負った傷なのだから、言い逃れのしようもなかった。政宗は命を捨ててまで自分を守ろうとする行為をひどく嫌っている。
「…馬鹿なことしやがって」
吐き捨てるように呟いて、政宗は部屋を去ろうとする。拒絶するようなその態度に、思わず小十郎は言葉をかけた。
「貴方は、この小十郎の事を何も分かっておられないようですね」
「Ah?」
些かの怒気を孕んだ声で訊き返し、政宗が小十郎を振り返る。それに気圧されるでもなく、小十郎が言葉を継いだ。
「確かに…以前は、貴方が考えておられるとおり、貴方をお守りするためならばこの命など惜しくもないと思っていました」
しかし、と小十郎は続ける。
「貴方がこのように立派に成長されて、私はこの命を捨てるのが惜しくなってしまったのです。貴方が天高く翔ける姿を、この目で見守り続けることができるならと…」
「…小十郎」
「それに、…政宗様を一番お傍で支える役目を、他の誰に譲ることができましょう」
政宗は一瞬きょとんとした顔をした後、馬鹿じゃねぇのか、とぼそりと呟いた。そうしてから、自らもしゃがみこんで、半身を起こしている小十郎を抱き締めた。それだけで満たされるような思いが沸き上がってきて、小十郎はそっと目を閉じた。
目覚めればまた、貴方の隣にいられますように。
君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟