BSRで小倉百人一首歌物語
第57首 めぐり逢ひて(サナ→ダテ)
縁側に座して、風鈴の音に耳を傾ける。かれこれ一刻と少しばかり、幸村はここでこうして城主を待っていた。待つのは苦痛ではない。相手は必ずここへやってくることが知れているからだ。
「真田ぁ」
僅かに甘えを含んだような声のする方に目をやると、城主――政宗がこちらへ歩いてくるところであった。
「政宗殿、お久しぶりで…」
幸村が言い終わる前に、政宗はころりと横になり、正座していた幸村の膝に頭を乗せる。普段とは違う政宗の行動に、幸村は焦りを隠せなかった。何時もならば、遅れてやってきた政宗は隣に座して、とりとめなく近況を話してくれたりするのだが。
こうして気を張らず横になっている政宗は、戦場で見かける彼とはまったく違って見える。その印象の異なり方に、幸村は戸惑う。確かに、出会った頃に比べれば随分打ち解けた関係になったとは思う。しかし、この状況はまるで、契り合った夫婦のようではないか。
「…政宗殿、いかがなされたのです」
「ん…ちょっとだけ、な」
答えになっていない言葉を返して、幸村の袴をきゅっと握る。何だか妙に気恥かしくなって幸村は赤面したが、幸い政宗からは見えていないようだ。
そろり、と幸村は政宗の濃茶の髪に触れた。お世辞にも良い手触りとは言えない。戦場を駆け回り、国主として忙しく立ち回っていることを思えば当然だが、それが却って幸村には好ましく思えた。
髪を撫でられるのがお気に召したらしい。政宗は小さく寝息を立て始めた。風鈴の涼しげな音につられ、幸村にも心地良い微睡が訪れた。
ふと幸村が目を覚ました時には、既に政宗の姿はなかった。
あれは微睡に見た夢幻だったのだろうか。しかし、幸村は、その手に触れた政宗の髪の感触を、はっきりと思い出すことができた。
不意に胸が締め付けられるような感情が押し寄せてきて、ぽろりと涙が零れた。幸村にはその感情の正体は解らなかったが、解らぬ方がよいということだけは感じられた。
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな
作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟