BSRで小倉百人一首歌物語
第21首 今来むと(小政?)
しんと静かな夜に、きりぎりすの鳴く声が響き渡る。この北の鄙に、少しばかり早い秋が訪れたようだ。虫の音、葉を揺らす涼風、澄み渡る空。こんなに風情のある夜だというのに、それを共に楽しむ男は、今は隣にいない。彼もまた、旅の途で同じこの夜を感じているのだろうか。
ぼんやりとそんなことを思いながら、一人盃を傾けた。
小十郎から任務の完了を報せる文が届いたのは、3日ほど前のことだっただろうか。文には随分と焦ったような文字で、「すぐに戻る」と書きつけられていた。
任地はさほど遠いわけでもないから、何事もなければ今日の夕刻には帰還するはずだった。それが、今日の分の政務が終わっても、夕飯を食べ終わっても、床に就く刻が過ぎても戻ってこない。
勿論、旅路が全て滞り無く、というわけにはいかないことは十分わかっている。だが、途中で何かあったんじゃないかとか、そんな心配をしてしまうのは仕方のない事。
一月近くも顔を会わせないのは本当に珍しいことで、寂しいという気持ちよりも、あるべきものがそこにない、なんだかぽっかりと空白ができてしまったような、落ち付かなさを感じる。
早くその顔を見て心を落ち着けたい。早く帰ってきやがれ、小十郎。
そうやってぐるぐる悩んで、盃を重ねたり、煙管をいつもより多く吹かしてみたり、慰めに句を捻ってみたりと落ち着かなく過ごしているうちに、とうとう空が白んできてしまった。
白んだ空には、控えめに、それでもその美しさを主張するかのように、ぼんやりと月が浮かんでいた。有明の月。珍しいものでもなかろうに、何故だか今日ばかりは、控えめな美しさを湛えたそれにひどく心を打たれた。そしてその月に誘われたように、心地良い眠気がやってくる。
大きく欠伸をしながら、部屋の中へ戻り、眠りについた。目が覚めたらそこに彼がいることを期待して。
今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
作品名:BSRで小倉百人一首歌物語 作家名:柳田吟