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玉木 たまえ
玉木 たまえ
novelistID. 21386
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曜日男・他

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-4-

 元希さんは思い違いをしている、と阿部は思った。
「なあなあなあ、絶対見にこいよ! チケット取ってやったから!」
 そう言って、榛名は阿部の手の平を広げさせて無理やりに紙切れをつかませてくる。
「俺、この日練習あるんすけど」
 握らされたチケットを見下ろして阿部は言った。印字された日付は平日で、試合開始時刻は18時となっている。ナイトゲームだから大学の講義はとっくに終わっている時間だが、当然のことながら野球部の夜間練習がある。二年の半ばをすぎてようやくレギュラーに加われるようになったばかりで、練習を休むことなどしたくはない。
「プロの試合見るのも勉強だろ! なー、来いって! 俺先発するんだから」
 榛名が強いて誘う理由も、分からないではなかった。在京球団の所属とはいえ、ようやくローテーションの一角を担うようになったばかりの榛名がホームゲームで先発を努めるのは、そうあることではない。ペナントレースも後半戦に入り、残り試合数も少なくなった今、この機会を逃せば次は来シーズンなんてことも十分にあり得る。
 阿部とて、榛名の活躍を見たい気持ちはあるのだ。どうしようかと迷う心の天秤を傾けたのは、榛名の次のひと言だった。
「かっこいいとこ見せてやっから!」
 自信満々の笑みを浮かべて榛名はそう言う。その疑わない表情に、阿部は思わず笑ってしまった。
「分かりました。活躍、楽しみにしてます」
 おー、まかせとけ、と答えて、榛名は阿部の頭をがしがしとかき回した。

 球場に到着して、指定された席を改めて見て、阿部は不思議に思った。榛名に招待されたことは何度かあるが、そのいずれも、指定されたのはバックネット裏の席だった。しかし、今回に限ってはなぜだか一塁側の内野席である。ただで見れるだけでもありがたいのだから、別段不満があるわけではないが、少し気になった。
 平日ナイターの球場は、空席が目立った。榛名の所属する球団は既に首位争いから脱落し、今はAクラス入りを目指しているところである。今日は最下位の球団との試合というのもあって、客足が伸びなかったようだった。
 阿部が席についてしばらくしたところで、試合開始のアナウンスが流れてきた。闘志をかき立てるような音楽が球場内に鳴り響き、その日のスタメンが順に名前を呼ばれ、守備位置についていく。最後に呼ばれたのは勿論先発投手の榛名の名前だった。
 榛名がベンチを飛び出してマウンドに向かっていくところで、阿部のすぐ近くから、高い声が上がった。
「榛名くーん! がんばってー!」
「かっこいいー!」
 かっこいい、ね。阿部は胸の中でひとりごちる。榛名に対して、一番よく聞く評判が「かっこいい」かもしれなかった。
 容貌のせいもあるだろう。けれども、女性ファンだけでなく、男性ファンからも、榛名にはかっこいいという言葉が送られている。
 強気のピッチング、その速球、そして何よりマウンドに上がった時のその独特の雰囲気が、多くのファンを魅了している。
 だからだ、と阿部は思う。元希さんは、思い違いをしているのだ。
 球審の手が上がりプレイボールが告げられる。振りかぶった榛名が投じた第一球はキャッチャーのミットに深く突き刺さり、観客の歓声を呼んだ。

 その日の榛名は今季でも最も冴えたピッチングを見せ、七回を無失点で抑え、チームは勝利した。ヒーローインタビューを受けるその顔がオーロラビジョンに大きく映し出されるまたもや黄色い声があちらこちらから聞こえてきた。
 きちんとプロ野球選手をしている榛名の姿に、阿部は思わず笑ってしまう。お立ち台の上では、「超気持ちかった!」が「今日はベストのコンディションで投げられました」になり、「見たか、すげーだろ!」が「ファンの皆さんの前でよいピッチングを出来てよかったです」になる。
 一体どこで覚えたのか、優等生然とした受け答えに、しかし普段の榛名を知らないファンたちは感動しているようだった。
 インタビューを終えた榛名は、ボールボーイに渡されたボールにサインをしてスタンドへと駆け足で近づいてきた。まずは外野のセンターへ一球、ライトスタンドに一球。それから踵を返して内野席へと向かってくる。丁度阿部の前に来たところで、榛名はニッと笑った。
 あ、と阿部が思ったところで、榛名が大きく山なりにサインボールを投げる。わあっと歓声が上がり、阿部の周りにいた人々がボールを掴み取ろうと腰をあげた。白い軌跡を目で追えば、それは狙い済ましたようにぽすんと阿部の両手に納まる。
 これがやりたかったのかよ、元希さん。
 手の中の白球からグラウンドに視線を移せば、こちらを見上げていた榛名とぴったり目が合う。榛名はとても満足そうに、ニカっと笑った。それはファンを魅了するに十分の威力をもった笑顔だった。

 吐精した榛名は、そのまま阿部の上に身を預けてきた。登板した日の榛名の体は、いつも以上に熱い、と阿部は思う。あまりに熱がこもるので、始めた時にはかけていた上掛けはとうにはがされて床の上で丸まっている。
 榛名はひじをついて身を起こすと、阿部の顔を見下ろした。みじろぎした拍子に、まだつながったままの部分が粘ついた水音を立てた。
「なー……、今日、どうだった?」
「どうって? セックスですか?」
 阿部はわざと言った。
「ちげーって! 今日の投球! な、どうだった?」
 眉をぐっと引き上げてそう言ったあと、榛名は、あ、セックスは気持ちよかった、と律儀に続けた。
「投げたあとのあんたとするの、俺、好きです」
 阿部は少し身を浮かせて榛名へと鼻先を近づける。くん、とひとつ匂いを吸い込んで、野球のにおいがしますね、と呟く。
 榛名は戸惑ったような表情を浮かべている。かけられた言葉がうれしいのだが、今欲しい言葉は別のものなので、困ってしまったのだ。
 阿部は榛名の額にかかった前髪を指先で払ってやった。
「惚れ直しました。今日、試合見にいって」
「マジで!」
「はい。俺の周りに座ってた人たちも、みんな元希さんのことカッコイイって言ってましたよ」
 そう阿部が付け加えて言うと、榛名はすっかり上機嫌になった。そっか、カッコイイか! と笑顔をはじけさせる榛名に、ああ、元希さんは、また思い違いをしているな、と阿部は思う。元希さんは、俺が元希さんがかっこいいから惚れているのだと、思っている。
 よほどうれしかったのか、榛名は阿部の頬をその大きな両手で挟んで、ごしごしとこすり始めた。馬鹿力め、痛いっつーの。そう思いながらも、止める気にならないのは、榛名があまりにぴかぴかの笑顔を浮かべているからだ。
「タカヤ、俺、もっともっともっともっと、いっぱい、たくさん、カッコイイとこ見せてやるからな!」
 楽しみにしてます、と応えながら、阿部は心の中では別のことを言った。ばーか、あんたなんか可愛くて仕方ないっつーの。
 けれども、阿部が自分のかっこよさに惚れ込んでいると信じている榛名は、やはりどうしようもなく可愛いので、思い違いを訂正してやる気は阿部にはさらさらなかった。
作品名:曜日男・他 作家名:玉木 たまえ