曜日男・他
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歯を立てる一瞬前に、阿部はそれを分かってひくりと体を震わせる。榛名は、そのまたたき一つ分ほどの時間が好きだった。
噛み付いた肌はじっとりと汗が滲んでいる。触れた舌先に受け止めるそれが、そのまま榛名にとっての阿部の味だった。
歯を立てれば、女の柔肌とは違う、硬い張りのある肉が榛名の力に抗おうとする。この時、たいてい阿部は体にぎゅっと力をこめるのだ。逃れようと思っての反射なのだろうが、榛名のものを咥え込んだ中までがきつく締まってしまうのでは逆効果だ、と榛名はいつも思うのだった。
「も……、いい加減に、しろよっ!」
首筋にがぶりと噛み付いた榛名の頭を、阿部は快楽に疲れた腕で乱暴に押した。中途で止められて、榛名は少しばかりむっとしてしまう。
「っとに、あんたはがぶがぶがぶがぶ」
言いながら阿部はカチカチと歯を鳴らして噛む真似をした。
「何が楽しくてそんなに噛むんですか」
噛まれた首筋を撫でさすりながら阿部は言う。その赤い噛み跡を見れば、榛名も、悪かったかな、と思いはするのだ。けれども、と榛名は口を開く。
「なんか、落ち着くんだもん」
「はあ?」
「あー、タカヤだなーって感じがして、落ち着く」
例えば、お気に入りのブランケットにくるまれている時の、ゆったりとした幸福の感覚、あれに似ているような気がする。榛名はそう説明したが、阿部は、全く理解できないという顔で、嫌そうに眉をしかめている。
「えー、なんでわかんねえんだよ」
「ワッカンネエよ! ったく、吸血鬼じゃあるまいし」
「キューケツキ」
阿部の言葉に榛名のアンテナがぴくりと反応した。吸血鬼といったら、あれだ。その名のとおり、人の生き血を吸う怪物かなにかだ。
榛名は先ほど噛みついた阿部の首筋を見下ろした。いつもはその肌の上を味わっているだけだが、吸血鬼ならば、その奥の奥まで牙を差し込んで、味わえる。
「……いいかもしんねー」
一点に注がれる榛名の視線に、阿部はぎょっと目をむいた。
「タカヤの血ってうめえかな?」
な、どー思う?
榛名がそう尋ねると、阿部は、冗談じゃねーという叫びを口の中で噛んでから言った。
「どーもこーも、血の味しかしねえだろ。あんたは血がうまいのか。つーか、吸血鬼になったら日光当たったら灰になるんじゃねーか。ダメです。元希さん、目ェ覚ましてください。日に当たるたびに灰になってたら野球できないでしょ。絶対だめです」
まくしたてる阿部の顔は真剣だった。それを眺める榛名の心地は、あー、タカヤなんか一生懸命しゃべっててかわいーな、だった。
というか、吸血鬼になんて想像の生き物で、そんなのになれるわけないのに、タカヤは本当に時々馬鹿だなあ、と榛名は思う。けれども、阿部がそんな風に馬鹿になってしまってまで何を言っているかといえば、榛名が野球ができなくなるのはいけない、ということで、それを思ったら、もう愛しいとしか思えないのだった。
「うん、わかった」
榛名はそう言って、本当に分かったと示す合図に、阿部の首筋に短いキスをした。
「キューケツキになんのはやめる」
阿部はみるみるほっとした表情になって、そうですか、と呟いた。
うんうん、と頷いた榛名は、代わりにとばかりに阿部の頬をべろりと舐める。それから今度は、唇にキス。
行為の途中だったことを、阿部は今更思い出したようで、つながったままの下半身にちらりと目をやってから、息をもらした。
もし、吸血鬼になれたとしたって、タカヤの血が飲めるようになるくらいだもんな。
そう思いながら、榛名は再び熱くなり始めた吐息を、阿部と共に混じり合わせる。
阿部の血の味には興味がある。けれども、そんなのじゃ、全然物足りない、と榛名は思った。
そうだな、俺だったら……。
身の内にうずめられたまま動かない榛名の熱がもどかしいのだろうか。阿部の膝頭が催促をするように榛名の肌を叩く。榛名は音もなく舌なめずりした。
俺だったら、うん。
まるかじり!