人魚
ますます手の力を強くして、肩が白くなるほどきつく、指先が食いこむほどに抱きこむ。
「……めでたしめでたし、なんて、ないんだよな。結局」
腕の中に顔をうずめて、吐き捨てるようそう、呟いた。
「……なんにも、…のこんねぇや」
喉に何かが引っかかったようだった。潰れて、みっともない声だった。それでもなにか、堰を切ったように溢れて止まらなかった。
「やっぱりそうだ、こんな程度が、オレには」
押し当てた腕が濡れるのは、シャワーのせいであって、涙なんかじゃない。こんなことで泣くなんて、あまりにも救いがなさすぎる。
「…似合いの、幕引きだろ?」
問い掛けるように、確かめるように早口に呟いた。
―――so much for my happy ending.
「…オレにはあんたも、なんも、残んなくて。…でも泡にもなれやしねぇしさ」
噛み締めるように零すと、少年は濡れた前髪をうるさげにかきあげた。そして少し笑う。
それからおもむろに身を浮かせると、浴室の鏡の前まで、這うように進む。そして、曇ったそこを手で拭い、映った自分、その襟首の部分に顔を寄せた。鏡を囲むよう、両手を壁につき、まるで敬虔な仕種で唇を。湯気にも温まらず、冷たい、ガラスにそっと押し当てた。
「…さよなら」
それが、たったひとつ彼が自分に遺していった、形あるものだから。
別れを告げるには、相応しいもののように、思えた。
さよなら、オレの、
今夜を限りに、自分もすべて忘れるから。
これは最後の我侭だ。
そして、その我侭を言った自分は、泡と一緒に排水溝へ流してしまえばいい。
…ちょうど、泡と消えた海の乙女のように。