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冬の旅

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 冷蔵庫を開け、よく中を見る。ラップに包まれたミンスパイとブラウニーが1ピース、ラザニアの残り、ベーコン、チーズ、ブルーベリージャムとマスタードの瓶、マヨネーズ、ケチャップ、パスタソース、レモネード。やはり牛乳瓶がない。
 ジェームズは冷蔵庫の扉を閉めると姿くらましした。
 書きおきをしなかったことに気付いて思わず舌打ちをしたが、セブルスが部屋に戻る前に見つければいいのだと思い直した。
 珍しい熱帯魚、自分用に買うには贅沢なワイン、期間限定のチョコレート、なんでもいい。見とれていて知らないうちに時間がたっていたと言い訳してくれるならそれがいい。
 いつも足を運ぶ大型のスーパーマーケットにスネイプの姿はなかった。何台ものレジがあいていて、店員さえいなかった。商品陳列も最小限にとどめられているような配置で、それでいてさえ閑散として見える。人々ができるだけ外出を控えていると感じるのはこういうときだ。
 次に書店へ向かったのは新聞書評欄で紹介されていた薬学書についてスネイプが口にしていたからだった。買うか相当に迷っていたようだった。
「『古くて新しい要調教薬学書』って、どういうことだと思う?」
「使いこなすまでに薬学書を訓練しろってことだろうな、たぶん。シリウスがそんなことを言ってた」
「シリウスは買ったって?」
「いや、リーマスが欲しかったみたいで止めてた。薬学書のくせして相当凶暴らしい。そのうち回収されるんじゃないかって話だよ」
「ふぅん」
 あのときはすぐに話が終わってしまったが熱心に記事を読んでいたので印象に残っている。
 今までも立ち読みに夢中になって時間を忘れるなんてのはザラだったので、ジェームズはどちらかといえばスーパーマーケットより書店があやしいと考えていた。しかし、自分が訪れるのをわかっていて外出したとは考えにくく、そのことが気がかりだった。
 書店はスーパーとは反対ににぎわっており、5階分のフロア全部を探すのに苦労した。最近はヴォルデモート関連の本や雑誌が乱発されており、浮き足立っている人々はどんなことでも知りたがっている。『名前を言ってはいけないあの人と魔法界の今後』ならまだマシだが、『名前を言ってはいけないあの人の好きな食べ物ワーストランキング』なんてばかばかしくて、何を発信したいのかわからない。まともだろうが、まともじゃなかろうが、ヴォルデモート関連の書籍や雑誌は無駄に危機感を煽る。本当にこの状況がわかっているのか。怖い怖いと恐れながら結局どうにかなると思っている。その能天気さこそ恐ろしい。
 最初に足を向けた薬学書コーナーにはおらず、植物関係、天文学関係、気象関係など興味のありそうな場所にも姿はなく、すべてを探し終わったときには16時を過ぎていた。
 慌ててセブルスの部屋に姿現ししたが、セブルスはいなかった。出て行ったときと変わりない部屋の様子はどこかよそよそしく感じられ、ジェームズは自分が冷静さを失っていることを感じた。
 成人近くの男が5時間、もしかしたら6時間いないだけだ。何も騒ぐことではない。
 わかっていても、今までに一度もなかったことにジェームズは平静を保てなかった。それこそが異常だったのかもしれないが、セブルスが何も言わずに出かけることはめったになく、あったとしてもジェームズが心配をする前に帰ってきた。
 ヴォルデモードの勢いが大きくなっている今、他のことはどうでもいいがセブルスだけはどうにかしなくてはと焦った矢先にこんなことが起こる。セブルスは騎士団に入っていないから、ヴォルデモードが彼のことを知っているわけはなく、どうこうされることはない。この点においてジェームズは安心していた。とにかく、この状況から遠く離れた場所にセブルスを隔離したいとばかり考えていた。
 何の連絡もなく、イライラと部屋の中を歩き回り、窓から通りを眺めてはまたイライラと歩き回ることを繰り返して17時になる。普段静かなエルザがしきりに鳴くのも落ち着かない。ジェームズはキッチンの上にある棚から猫缶を取り出し、エルザの皿に盛ってやった。ミルクはないので、もう一つの皿に水を入れてやる。エルザは大人しく餌を食べ始めた。
 ジェームズは自分で作ったサンドウィッチを口にくわえ、テーブルの上に置いてあるセブルスの旅行鞄のチャックを開けた。
 石鹸、歯ブラシ、タオル、洋服、水着。言った通りに数日分の宿泊用意がしてあった。
「可愛いなぁ」
 素直で、シャイで、愛され慣れていない。
 4年間、蜂蜜も逃げ出すくらい甘く接してきた。他人が見たら呆れるか、やりすぎだと非難するほどに。実際、シリウスは何度も「馬鹿か?」と言ったがジェームズはかまわなかった。セブルスの心に沈む人間不信は容易なことではなくならないと知っていた。だから、気持ちはすべて言葉にし、行動に示してきた。他人が見かけで判断するより高いプライドもセブルスのためならば簡単に捨て去れた。日常の挨拶から夜の睦言まで、惜しみなく心から届けた。
 戸惑っていたり、恥ずかしそうなのに嬉しそうだったり、目を泳がせたり。言葉はなかったけれど、ちょっとした仕草で自分のことを見ていてくれるんだなと思った。そのうち、読書をしているときに視線を感じるようになった。自分さえセブルスを見ていなかったら、セブルスは自分を見ているらしいと気付いて、たぬき寝入りをしたりした。そっと寄ってきて、そっと離れる。そんなことを繰り返した。差し出した分だけ、もしかしたらそれ以上にスネイプは愛情を返してきた。ジェームズの心はさらにスネイプに寄り添った。
 旅行鞄のチャックを閉めたとき、ジェームズは鞄の下にあった紙きれに気付いた。
 日めくりカレンダーの1枚だと思われる紙は丁寧にたたまれていて、ジェームズは何気なくそれを開き呼吸を止めた。
 15のクリスマスに贈った言葉がそこに書かれていた。細い几帳面な字はセブルスのものに間違いない。
 気持ちは伝えていたが返事をもらっていないときに一緒に過ごした日々は、ますますセブルスを好きにならずにはいられない時間だった。人に優しくしたいとあれほど願ったのは初めてだった気がする。
 常に男らしくいようとまっすぐ前を向いていられたのはセブルスのおかげだった。ただ好きな人に振り向いて欲しくて、付き合うようになってからは愛する人に恥じない男になろうとしていただけだった。
「覚えていたのか」
 しかし、あのクリスマスのときと今では状況が違う。これからも一緒に過ごそうと伝えた恋文が、これでは別れの言葉のようだ。
 ジェームズは紙を折りたたみ、ハーフパンツの尻ポケットに入れた。
「セブルス、早く帰ってきてよ」
 思いがけずどこか祈るような響きがこもり、ジェームズは焦った。
目をやった窓の外は17時を回ってもまだ明るく、部屋に差し込む西日がきつかった。
 ジェームズはソファに深く腰掛けた。イライラと部屋の中を歩き回ると余計気が高ぶる。背を預け、目を閉じた。
作品名:冬の旅 作家名:かける