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冬の旅

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 宿泊の用意をさせたのはこのままゴドリックの谷に足止めするためだった。どんな醜い手を使っても谷から出さないことに決めていた。自慢にもならないがセブルスを丸め込む自信はある。最悪、泣き落とす。セブルスのためならば泣くのも屁理屈をこねるのも朝飯前だった。
 しかし、そんなことをせずとも、頼み込めばセブルスは肩をすくめて「もう、今回だけだよ」と言ってくれるに違いなかった。嫌がることをさせた覚えもないが、「嫌だ」と拒否されたこともない。もっとも「今回だけだよ」は何度も聞いたのだが。
 真夏の日差しは厳しく、ジェームズは大粒の汗をかきながらアパートのエントランスに飛び込んだ。エレベーターは最上階で止まっていて、待っている時間も惜しく、階段に足を向ける。Tシャツは汗でびっしょり濡れていて、これでは一度シャワーを浴びないと一息つけないと考えながら3階まで一気に駆け上がった。
 ジェームズはスネイプがいつも窓から通りを眺めていることを知っていた。わざわざ確かめはしないが、特に自分が予定時間より遅れているときは必ずといっていいほど窓際に姿がある。だからアパートに面した通りからは随分遠い小さな公園に姿現しをすることにしていた。それで二人が満足しているならば、その行為は労力ではない。
 みっともないほど息を乱しながら呼び鈴を鳴らすと、珍しいことに茶色い扉のすぐ向こうでエルザの小さな鳴き声がする。何か手の離せないことをしているのか、少し待ってみても扉は開かない。
 まぁ、いいけど。
 息を整えながらジェームズは扉横の壁にもたれた。怒っていないことはわかっている。人を待たせるなら自分が待つというくらいだ。
「セーブルース、お茶ちょうーだーい」
 子供みたいに甘えた独り言を言うとき、とても幸せだ。特別でもなんでもないささいなことが一番嬉しいんだと気づいたのはいつだっただろう。
 額の汗をぬぐいながらジェームズは目の前に広がる青空を眺めた。今日もいい天気だ。滝つぼに飛び込むには絶好の夏日和だ。二人きりならばセブルスは抱きしめても怒らない。
 息が整っても扉が開かれることはなく、ジェームズはもう一度呼び鈴を鳴らした。
「セーブルース」
 コンコンと扉をノックしても人の気配がしない。エルザが扉をカリカリと引っ掻きだしたのを機にジェームズはノブをそっと回した。扉はあっけないほど簡単にあいた。玄関に入りながら、防犯魔法がしっかりとかかっていることを確認してホッとする。
「セブルス、入るよー。シャワーでも浴びてるの? ちゃんと鍵をしめなきゃダメだって言ったろ?」
 珍しくエルザが足元でじゃれつく。スネイプ至上主義のエルザはジェームズを完全にライバル視していて、気まぐれにしか寄ってくることはない。そんなエルザをジェームズは抱き上げて部屋に入った。水音はしないからシャワーではないのか。
 テーブルの上に茶色の鞄が置いてあるのを見て、ジェームズは目を細めた。恋人が愛用している宿泊用の鞄だった。
「セブルスー」
 何度呼んでも返事はない。腕の中でエルザがしきりに鳴く。
 まさか体調が悪くてまだ寝てるとかいうなよ。慌てて隣のベッドルームに向かったが誰もいなかった。
「どっかに買い物に行ったのか?」
 思わずエルザに話しかける。準備はしてあるのだし、すでに一時間も遅刻をしている今、急ぐ必はない。ランチをとってから出かけよう。内緒で用意したログハウスのことをどうやって説明しようかと思いながらキッチンに入ると、保温器の上にコーヒーカップがのっている。
 セブルスはこうやってよくコーヒーを用意していてくれる。ホットコーヒーしか飲まないこと、ミルクは必要ないこと、煮詰まったコーヒーは好きじゃないこと、きっとセブルスは何でも知っている。
 あれは嫌い、これは嫌い、それも嫌と口にすると「そんなことばっかり言って」と呆れた顔をしながら、目が笑っているのをジェームズは知っていた。そして、それを見るたびに自分も微笑んでしまうのだった。
 エルザを床に降ろすと、さっきまで可愛らしく鳴いていたのに清々したとばかりに走って姿を消してしまった。彼女のお気に入りはセブルスの匂い溢れるベッド。そこで遊ぶのだろうと思えば猫とはいえ羨ましい気持ちが湧き上がる。たいがい自分も心が狭い。
 コーヒーカップを横目で見ながら、冷蔵庫に手を伸ばした。今はすぐに大量の水分を補給できる冷たい飲み物が必要だった。レモネードが冷やしてあるのを見つけて取り出し、戸棚から出したガラスのコップになみなみと入れて、一気に飲み干す。ほのかな甘みとさわやかな香りが身体の中をすーっと通り過ぎるのが気持ち良かった。
「はぁ」
 やっと一息つけた。
 レモネードは瓶にたっぷりと入っていた。新鮮なうちに一人で飲むにしては多い量だ。部屋を訪れるのはジェームズだけで、そう考えればこのレモネードの量はセブルスの生活の中に自分が組み込まれていることを如実にあらわしているものだった。
 ジェームズの口元は自然と緩み、今夜はどうやって可愛がろうかと考えて楽しくなる。頭のてっぺんから足のつま先までキスをして、白い身体に赤い花を散らせて。口元を覆う手をはずして指を絡めて乱れたシーツにぬいつけて。自分のものだと、愛していると囁けば赤くなる耳たぶに舌を這わせて緩く噛む。熱のこもった吐息さえ誰にもやらないと口をふさげば腕の中の身体が小鳥のように震えることは経験済みだった。
「あぁー、セブルス、早く帰ってきてー」
 勝手に記憶をなぞる自分自身に苦笑しながらジェームズは甘ったれた口調で恋人の名を呼んだ。
 正直、浮かれていた。久しぶりに二人での遠出だった。だから旅行鞄の下からはみ出していた紙には目を留めもしなかった。
 一息つくと汗でべたついた身体が気持ち悪い。髪の毛も額に張り付いている。シャワーを借りて待つことに決め、ジェームズはTシャツを脱ぎ、上半身裸でキッチンを出た。

 セブルスは帰ってこなかった。
 ジェームズがシャワーを浴び、コーヒーを飲み、マスタードをたっぷりぬったパンにチーズを挟んだだけのサンドウィッチを作り、つまみ食いをして、ソファでのうたた寝から目が覚めてもセブルスはいなかった。
 チラリと目をやった壁時計は14時前になっていた。
 ジェームズはゆっくりと部屋を見回した。とりたてて、何か目的があったわけではない。だが、ふと視界の端に入った本棚に違和感を覚え、よく見るといつも飾ってあった羽ペンがガラスケースごと数本なくなっていた。
 ジェームズはしばらく考え、勢い良く立ち上がるとキッチンに向かった。水切りカゴには真っ白なプレート皿が2枚、コーヒーカップが2組、フォークが2本、そして牛乳をストックしていた瓶が1本。
 この牛乳瓶というのが問題だった。牛乳を買うのは半分以上がエルザのためじゃないかとジェームズが疑うほどスネイプはエルザを可愛がり、彼女の好物は冷蔵庫から消えることはない。
 切らしたから買いに出たのか。それなら3時間も帰って来ないのはおかしいし、それでなくても会う約束があるときは必ずと言っていいほど一緒に買い物に行っていた。それが二人の楽しみでもあったのだから。
作品名:冬の旅 作家名:かける