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冬の旅

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 ジェームズはスネイプがいなくなったことに対して失踪したのだとはまだ信じていなかった。何かしらの事情があって、どこかに出かけているのだと思っていた。うっすらとしたグレー色の思いから目を逸らしていたが、無意識のうちに心配することはないと自分に言い聞かせている。
 それでも19時を過ぎ、陽が沈んだ頃、薄暗い部屋の中でついにジェームズはソファから立ち上がった。
『ラビリンス』
 忘れていた目撃証言の場所に向かうのはなぜなのか。ジェームズは醜い感情との闘いに敗れた自分を恥じた。
『僕の永遠を君に』
 尻ポケットの紙が気になる。
 何もいらないから、いま目の前に現れて笑ってくれればそれで良かった。

 ジェームズが書店でスネイプを探していた頃、本人は「海の家」にいた。きりきりと痛み始めた腕を気にしながらベッドに横たわっていた。
 朝食の後、ざっと片付けを済ませるとすぐに移動した。何度も姿くらましして、あちこちに飛びながら、最後に着いた場所は暗い海だった。
 随分遠くに来たことがわかる。気候さえ変わり、冷えた空気は秋の気配を漂わせていた。
 すぐにも雨が降りそうな曇空で、吹き飛ばされそうなほど風が強かった。
 風に煽られながら二人は荒れる海を黙って見つめた。強風にもてあそばれた二人の髪は逆立ったり顔を打ったりとひどく乱れたが二人は身じろぎもしなかった。
 スネイプの胸は張り裂けそうなほど痛んでいた。自分で決めたこととはいえ、覚悟していた以上に悲しみは深く底知れず、このままどこまで落ちていくのだろうと思った。
 ジェームズは探しているだろうか。まだ部屋でのんびりと帰りを待っているだろうか。湧き上がる涙は強風に飛ばされ、こぼれ落ちる前に片端から消えた。
 目の前に広がる海は荒れてなお蒼かった。暗くはあったが、天気さえ良ければ真っ青に輝くことは想像に難くない。
 ここは嫌だ。あの求めてやまない瞳を思い出させる。それなのに目を逸らせない。
 ルシウスもただ黙って立っていた。強風で神経質そうな額があらわになっている。風が冷たかった。
「先輩、何を考えているんですか」
 海を眺めるグレーの瞳は暗く沈んでいた。
「あの方は痛みを調節できる」
 ポツリとルシウスは言った。ごうごうと風が耳元を吹き抜けて声が聞き取りにくかった。
「腕に現れる印章はあの方がすべてを決めている。大きさ、色、時間、痛み。お前も聞いただろう、あの方の言葉を。耐えられなかったら殺せと。お前の痛みはそれほど強いということだ。すでに試練は始まっている」
「痛みには慣れています」
 そう、痛みには慣れている。殴られ、蹴られ、火を押し付けられ、鞭で叩かれた。青あざ、切り傷、内出血。汚い身体だったあの日々は遠い昔の話ではない。
「行こう。じきに腕が痛みだすはずだ」
 背を向けルシウスは歩き出した。スネイプは足元の鞄を手に持ち、海の蒼さから逃れるようにしてルシウスの背中を追った。波の音がうるさいほど耳についた。
 砂浜から歩いて5分もしない場所に赤い屋根の小屋が建っていた。屋内は温かく綺麗に整頓され、ダークブラウンの木調でまとめられた落ち着いた雰囲気だった。部屋は2つ。ベッドルームとダイニング。
 ベッドは2つあり、窓側のベッドを使うようルシウスは言った。どこかのホテルのように整えられたベッドとベッドの間には小さなテーブルが置かれて、ランプと水差しが用意されていた。
 ウォークインクローゼットは大きく、すでにたくさんの衣類が入っていたが、スネイプの持って来た鞄の中身をすべて移し替えても広々としていた。
 片付けを手伝っていたルシウスはガラスケースに入った羽ペンを手にした時だけ、動きを止め、なんとも言えない表情でスネイプを見た。
「本当に気に入っているんです」
 羽ペンを受け取りスネイプはどこに飾ろうかと思案したが思いつかず、とりあえずタンスの上に置いた。後でダイニングの壁にでも飾ろうか。
 夏の服装をしていたスネイプは羽織っていたシャツを脱いだ。差し出された茶色のカーディガンに替え、金色のボタンを上から4個留めると、紺色のニットに着替えたルシウスが首元にゆるくスカーフを巻いてくれた。
「お茶にしよう。今日は移動しすぎて少し疲れた」
 まるで学生時代に戻ったかのようなルシウスの自然な口調に思わずスネイプも笑った。
 ルシウスについてダイニングに戻ると、スネイプはキッチンに入った。磨き上げられたキッチンには鍋も包丁もフライパンも豊富に揃っていた。ヤカンが黄緑色しているのがなんだか可愛らしい。
「先輩、コーヒー? 紅茶?」
「紅茶」
「僕がやりますよ」
 ヤカンに水を入れながら、ルシウスが背後の戸棚を開けるのを見てスネイプは言った。
「おいおい、な。何がどこにあるかわからないだろう」
 ヤカンを火にかけ、スネイプはルシウスに近づいた。
 食器棚の隣にある細長い戸棚は簡単な食糧庫にもなっているらしく、7段ほどに仕切られたところに小麦粉やパスタ麺、色とりどりの缶、瓶、袋が収納されていた。
 ルシウスは上から2段目の棚から青い缶を取り出すと「これがレディー・ブルー」と言った。アダム&スミスの代表的な紅茶の一つだ。そして、あの人が口にした銘柄でもある。何も言わずに缶をしまったが、きっとルシウスは教えてくれたのだ。あの人もこの家にやってくるのだと。
 アダム&スミスはダイアゴン横丁にあるフォーリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーのすぐ近くにある。庶民用の日常用茶葉から高級茶葉まで広く扱っている茶屋だが、店構えにアイスクリーム屋のような気安さはなく、心して入って来いとばかりにドアボーイまでいてそれなりの者しか受け付けない。スネイプも何度か利用したことはあったが、店に入るのはいつも気後れした。
「今日はこれにしよう」と取り出したのは黒い缶で、それは学生時代からルシウスが好んだアダム&スミスの『グレース』だった。
「先輩も変わらない」
 スネイプは今朝、ルシウスに言われた言葉をそっくり返した。ミルクたっぷりのコーヒーも『グレース』も変わらない。時は流れ、状況は変わり、このままどうなるのかもわからないけれども、変わらないものもある。
「変な話だけど、なんだか安心しました。良かった、先輩が迎えに来てくれて」
 無言でルシウスは食器棚の上の扉を開け、白地に銀の縁どりがしてあるカップ&ソーサーを2つとティーポットを取り出した。棚には色も柄も違った食器が所狭しと並んでいた。
 真ん中の段には普段使いの食器、下段には大皿やグラタン皿と言った重い食器が入っていると言う。ぴかぴかに光るスプーン、フォーク、ナイフが整理されて引出しに入っていた。
 ルシウスは驚くほど甲斐甲斐しくスネイプの世話を焼き、13時過ぎにはスネイプをベッドに寝かせた。そばの丸椅子に腰かけ、シルクのパジャマの上から右腕を撫でた。
「痛むか?」
「いいえ、まだ」
 グレーの瞳にちらりちらりと不安が見え隠れしていた。スネイプはそれに気づいていたが、ルシウスに自覚がないようなので黙っていた。
作品名:冬の旅 作家名:かける