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冬の旅

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 掴んだままだった手をそっとはずされながら、ルシウスはまるで甘えるかのように言ったスネイプにこれまでにない庇護欲を感じた。もうセブルスには自分しかいないのだ。これから待つのはつらいだけの未来だと思えば恋人を捨ててまで自己犠牲を払うことしか考えられなかったスネイプが哀れだった。
 ルシウスはわざと口を曲げて「ナッツは好きじゃない」と言った。スネイプは思ったとおり「僕が食べてあげます」と言って懐かしそうな表情を見せた。
 スリザリン時代、クルミ、アーモンド、ピーナッツ、ヘーゼルナッツ、マカデミアンナッツなど、ありとあらゆるナッツはスネイプのためのものだった。ルシウスはナッツが好きではないくせして、クルミやピーナッツの殻をむくのが好きで、好んで買ってはスネイプに食べさせた。
「先輩、今日は何日ですか」
「30日だ。7月も終わりだな」
「僕は3日間も?」
 ルシウスは黙ってスネイプの額に手を当てた。
「熱は下がったな」
「先輩が着替えさせてくれたんですよね」
 スネイプはうつむき小さな声で尋ねた。身体には激しく愛された痕があったはずだった。少なくとも左の乳輪の下には見間違えることもないキスマークが存在している。快感の中でさえ、眉をしかめるほど吸い付かれたからにはすぐに消えるはずはなかった。
「気にすることはない。・・・・・・お前のそばに誰かがいて良かった」
 ルシウスは小さな子供にするように頭のてっぺんに軽くキスを落とした。
「先輩、僕を見捨てないでくださいね」
 スネイプは顔を上げるとゆらめく瞳でルシウスに訴えた。力なくルシウスの袖を掴みながらも喋ることをやめない姿は普段が物静かなだけに必死さがにじみ出ていた。
「すみません。先輩にひどいことを言っているのはわかっているんです。僕が不純な動機であの方に服従を誓ったこと、先輩も知ってるでしょう? でももう僕のまわりには誰もいなくなってしまった。人の温かみを知ってしまったら一人ではいられない。先輩に迷惑はかけません。昔みたいに声をかけてくれるだけでいいんです。僕のことを忘れてないって時々教えてくれるだけでいい、本当にそれだけで」
 訴えを制し、ルシウスはスネイプの肩からずり落ちたショールをかけ直した。二十歳を目前にしても薄い肩に覚えていたより長くなった黒髪がかかっていた。それを一房手に取りながらルシウスは口を開いた。
「何をそんなに心配する? お前はホグワーツ時代の後輩だし、これからは同僚だ。昔のように上下関係があるでもなし、近づきこそすれ遠ざけるようなことはない」
 グレーの瞳に普段の厳しさはなく親愛の情をたたえて光り、ベッドに腰掛けた姿からはわずかな人間しか知らないルシウスの穏やかな気配が感じられた。
「頼りにしている。個性の強い奴らばかりで手を焼いているところだ」
「先輩が?」
「私がマルフォイ家ではなかったら、もっと煩いことだろうよ。そら、こんなことを話している間に外は真っ暗になってしまった。腹は空いてないか? アイスクリームのほうがいいか?」
 スネイプはルシウスの言葉に何も答えなかった。
 普段からルシウスはきつめの顔に神経質そうな表情を浮かべていることが多く、その点だけでも損をしているとスネイプは思っていた。目を眇めるのはあまり視力が良くないからで、やたらめったら睨んでいるわけではない。けれども、それを知っているのはほんのわずかな人たちだけで、ルシウス本人でさえ誤解を解こうとはしなかったから性格の気難しさも手伝い、端的に言って昔から評判は悪い。
 それを利用しているかのごとく、特に他人に対してのルシウスの好き嫌いははっきりしていた。一度気に入らないと半永久的に受け入れないのだと思われた。
 そんなルシウスが幸いにも好意的であることに関してスネイプはなんとなく気が合うということを除けば先輩でさえ同情するほど自分は哀れなのだと思わずにはいられなかった。優しくされればされるほど苦しいが、優しくされることは嫌じゃない。誰だって優しくされたい。ジェームズという太陽を失った今、学生時代の日々を共有したルシウスは星が流れるがごとくスネイプの心に深く入り込んでいた。こちら側に来てしまった今、こころ許せる人はルシウスしかいない。
「先輩、夕食は召し上がりましたか」
 スネイプ尋ねるとルシウスは緩く首を振った。
「いや、まだだ」
「それでしたら、ご飯にしましょう。お腹が空きました」
 そうスネイプが答えると、ルシウスは珍しくうすく微笑んだ。
 暗闇の中でやわらかく光るランプの灯りと遠くに聞こえるさざ波の音がまるでこの世に二人しかいないかのような錯覚を起こさせる。ひそやかな会話はおそらく同じ空間に存在する二人の気持ちが同じ方向を向いているからだ。灯りがあるにも関らず、二人の声は闇色に染まっていた。
 ラビリンスに出入りを始めた頃、闇にとらわれることはヴォルデモートに近づく以上、仕方ないと諦めていたし、またそうならなければならなかった。柔な心では何もできないうちに殺されてしまう。
「立てるか? 三日間ほとんど何も口にしていないが」
「う、ん。大丈夫そうです」
 スネイプはごそごそと身体を動かし、床に足をついて立ち上がった。発熱後特有の身体のだるさはあったが立てないほどではない。それでも歩きだすと時おりフラリと身体が傾き、ルシウスに支えられた。
 リビングは明かりが煌々とともり、柔らかなランプの灯りに慣れていた目にはまぶしく感じる。思わず目に手をやるとフッと照明が落とされ、ランプがそこかしこに浮いた。
 辞書のように厚い本が数冊と羊皮紙、ペンが散乱したテーブルにはワイングラスとチーズクラッカーの箱もあり、ルシウスはそれらをつまみながら調べ物をしていたようだった。
「僕に何かできることはありますか?」
「まずはたっぷり食事を取ることだな」
 スネイプをソファに導きながらルシウスは言った。さりげない好意を嬉しく思いながらもスネイプは何かがしたかった。
「そういうことではなくて・・・・・・」
「気にすることはない。これは家のことだ。面倒事は全部当主に押し付ける気なのか、次から次へと手紙ばかり送ってくる。片方の言い分に耳を傾ければ、もう片方が文句を言う。親族が多いのも考えものだな」
 テーブルの上を片付けならがルシウスは愚痴らしきものを口にしたが、それほど深刻でもないらしく、珍しく軽口をたたいているらしい。ルシウスの性分を考えれば、親族の不平不満を抑えるのは簡単に違いない。スネイプから見てもルシウスはすでに反論を許さない絶対君主としての威厳を備えていた。
「作りおきのポトフがあるんだがそれでいいか」
「はい」
 スネイプは大人しく頷いた。
 ポトフを温めなおしている間にルシウスは見事な腕前でふわふわのフレンチトーストを作った。食事に合うよう甘さは極端に抑えられており、おそらくスネイプに卵を食べさせたかったのだろうと思われた。
「先輩って何でもできるんですね」
「そうでもない。喘息のクスリは作れないし、薬草の種類もいまいちよくわからない」
 人参をフォークに突き刺したまま固まっているルシウスにスネイプは笑った。
「先輩、人参嫌いなの?」
作品名:冬の旅 作家名:かける