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冬の旅

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 ワイレッドの背景に黄金の王冠、それをユーカリの葉が円をなすように描かれたマークは誰もが知る有名老舗アイスクリームメーカーのものだった。社名に冠している城の名は広く知られたおとぎ話に出てくるもので、そこに住むストロベリー王妃やカスタード王子をイメージした商品を発売してきた。王族の名に恥じないよう素材にもこだわったアイスクリームは上品かつ高級だった。
 ルシウスのまわりにあるものはすべてが一流品で固められていた。それを特別なことでなはく、日常として扱うルシウスには自然と高貴な家の出だということを認めさせる何かがあった。
「そう。ナッツ王女のご結婚の巻だな」
「キャラメル伯爵と結婚したんですよね」
 たわいない話をしながら、スネイプはアイスクリームを取り分け、ルシウスはあたたかい紅茶を用意した。もちろん、『グレース』を。
 アイスクリームはバニラアイスにキャラメルソースがマーブル模様状に入り、ナッツは贅沢にざくざく入っている。さすがはシャトー・ヴォレーヌと唸るような濃厚なクリームだった。
 ナッツをよけてアイスクリームを取り分けるのに四苦八苦しているスネイプをルシウスは無意識のうちに優しいけれども少し悲しい目で見守っていた。
 今はまだ穏やかな時間を過ごしているが、印章が現れ目覚めたからにはこのような時間はなくなる。言っておかなければならないことがあった。ルシウスは重い口を開いた。
「セブルス、うるさいことを言うが聞いてくれ」
「はい」
 ようやく取り分けたアイスが入った器をルシウスに差し出してスネイプは頷いた。ルシウスはスネイプがアイスクリームのカップのふたを閉めるのを待って、テーブルを軽くトンと叩いてカップを冷凍庫にしまった。
「仲間たちはどれも気が荒い。今までお前の周りにいた人間とは異なる。きつく当たられることもあると思う。理不尽なことを言ってくるヤツもいるだろう。全部無視しておけ、気にすることはない」
「はい」
「誰の前でも昔の話はするな。自分のことを話す必要もない」
 どんなことでも、少しでも情報を他人に与えたくなかった。どこから弱みを握られるかわからない。仲間と言っても心から信頼しあえるものではなく、利害関係で結ばれているようなものだ。マスターは理想郷をつくるための加勢が欲しくて、てっとり早く目的達成後の褒章分配をチラつかせ人数を集めている。それがいい、とは思えなかった。
 それから、と言ってルシウスは珍しく言いよどんだ。アイスクリームを口に運ぶスネイプの姿からはルシウスにすべてをゆだね、信頼していることが明白だった。ルシウスは意識的に視線を逸らして言った。
「・・・・・・ジェームズと会ってはいけない」
 ハッと息をのむ気配が伝わり、次いで「はい」と小さな声がした。
「どちらにしろ、もう会えません」
「もらった物もなるべく目につかないところにしまっておいたほうがいい」
 心が乱れればつけこまれるリスクは高まる。つらいだろうがそれが身を守ることにもなる。
「すべて先輩の言う通りにします。僕を見捨てないでくださいね」
 下を向いてぽつりと言うスネイプの姿にルシウスはやりきれない。見捨てないとあれほど言ったのに。私がお前を弟だと思うように、お前も私を兄だと思えばいい。
「セブルス、私たちは同僚だ。上下関係はない。まずは私をルシウスと・・・・・・呼んでごらん」
 呼べと言いかけて少し考え、ルシウスは柔らかな表現に変えた。
「え?」
「私がお前からの呼びかけに返事をしなくなったら、その時こそお前を見捨てたときだと思いなさい。もっとも私は呼ばれたら誰にでも返事はする。私の名は私だけのものだからだ。そこに誇りがあるからだ。そういう私が返事をしないのは、そうだな、例えば頭にくるほどナッツが入ったキャラメルナッツアイスクリームを目の前に出されたときとかだ」
 ルシウスはふんと鼻を鳴らした。目の端で緊張を解いたスネイプの顔がゆっくり微笑むのが見えた。
「たとえばポトフに大量の人参が入っていたり?」
「そうだ」
 スネイプの問いかけにルシウスは真面目くさって頷いた。
 小さく笑ったスネイプは黙ってアイスクリームを全部食べきると「ありがとうございます、ルシウス」と言った。

 それから2日後、スネイプは大叔母の家に住みたいことを伝え、ルシウスはそれを了承した。



 ジェームズは毎日、恋人のアパートに通った。公園に姿あらわしをし、スネイプの部屋の窓から見える大通りを通って、ドアをノックして返事を待つ。3年前から変わらない行動だった。
「セブルス、開けて」
 呼びかけは毎日独り言になった。ジェームズは十分時間をおいた後、ポケットに入れた鍵でドアを開け部屋に入った。
 スネイプがいなくなって数日後、ジェームズは1階エレベータ横の掲示板を見て管理人に連絡を取った。いつだったかスネイプが家賃の支払い日が月末だと言っていたのを思い出したからだ。
 適当に理由をでっちあげ、家賃の請求が自分になるよう変更したい旨を申し出た。数日分の滞納金と半年分の家賃を差し出すと不機嫌だった管理人はあっけないほど簡単に了承し、当然聞くべきスネイプのことも何も聞かなかった。家賃さえ払えば詮索しないということなのか、ろくにジェームズの顔も見なかった。
 部屋はゴドリックの谷に遊びに行く予定にしていた日から何も変わっていない。冷蔵庫の中身など乾物以外の食料は処分したが水道も電気も通ったままだ。
 ジェームズは簡単にシャワーをあびると上半身裸のまま、タオルで頭をガシガシと拭いた。
 騎士団にはずっと顔を出していない。もう何もかもが面倒だったし、関りたくなかった。誰にも会いたくない、話したくない、見たくない。世界がどうなろうがそんなことはどうでもいい。
 セブルスがいない。考えるだけで膝が崩れそうになった。
 めまいで空腹を知り、ようやく食事をする生活で、ベルトのボタン穴が次々に変わる。食べないくせにアルコールだけは摂取し続け、鏡に映る顔はひどく人相が悪かった。
 ラビリンスは最低だった。半信半疑だったジェームズを奈落の底に突き落とすような事実だけが判明する。
『黒瞳黒髪の調剤薬局勤めをしている若い男が通っていた』
 何度聞いても、何度反芻しても最低だった。世の中に調剤薬局勤めの若い男なんて腐るほどいても、聞けば聞くほどセブルスの姿が浮かぶ。信じていないと言い聞かせること事態がもう認めているのかもしれず、恐ろしくて名前を聞くことができなかった。悪魔のような考えと汚れない思いの狭間で揺れながら、それでもジェームズは最後にはスネイプを信じた。
 どこを探してもセブルスはいない。ラビリンスからの足取りはぱったりと途絶えていた。
 悲しみはやってこない。ただひたすらに不安だった。このままセブルスが帰ってこなかったら。考えるだけで気が変になりそうだった。大丈夫だと日に何度も強く思っていないと狂いそうになる。
 あの日の前日までセブルスに変わったところはなかった。同棲ごっこをして、懐かしい料理を作り、二人で甘いひと時を過ごした。この腕の中にしっかりと抱きしめた柔らかな身体。幸せだった。
「セブルス、どこにいるの」
作品名:冬の旅 作家名:かける