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冬の旅

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 スネイプはとりたてて読書が好きなわけではない。教室で一人、寝たふりをしているのも疲れる頃、昼休みや放課後に図書室にこもる。本棚と本棚の間の隅、少し薄暗い場所に小さくなって座りこむと不思議に安心した。文字を追うのは趣味ではないので、もっぱら眺めるだけで済む写真集を開いた。
 ある日、お気に入りの場所に白いハンカチが落ちていた。こんな薄暗い場所に、それも周りにある本はわざと面白くなくしているとしか思えないマイナーな郷土史ばかりの場所に落し物。自分以外に誰がこんな場所に立ち入るのか。
 恐る恐る手にとったハンカチに金色で家紋が刺繍されているのを見て、スネイプは同じ寮の先輩の物だと知った。スネイプでさえ一目見るだけでわかるほど有名なマルフォイ一族の家紋だった。ほうっておこうと一度は床に置いたが、結局は手に持ち、上級生のクラスに向かった。しかし、やはり途中で怖気づき、それをポケットに入れたまま1週間を過ごしてしまった。
 いまさら持って行くとそれまで何をしていたんだと言われそうで、そう考えるとますますどうしていいかわからなくなったが、いつまでも人の物を持っているわけにもいかない。何より落ち着かなかった。
 本人には言えそうにもなかったので、ルシウスと仲の良さそうな人に渡すことに決めた。食事時にそっと上級生の集団を伺うとそばかすがいっぱいの栗色の髪をした男の人がさかんにルシウスに話しかけていた。ルシウスはといえばそれに一言二言返事をするくらいでほとんど無言だったが、制服のエンブレムで二人が同学年ということがわかった。
 後から考えれば、そのテーブルに置いておけば誰かしらがルシウスに届けたのだ。そんなことも考え付かずに右往左往していた。
 スネイプは身体中の勇気を振り絞って昼食後に席を立った栗毛の上級生に声をかけた。そのときには近寄りがたいルシウスがすでに去っていたこともスネイプを後押しした。
「あの」
 しかし、思ったより背の高い上級生に怪訝そうに見下ろされるとなけなしの勇気も砕け散り、用意していた言葉も霧散して、ハンカチを上級生の胸に押し付けると受け取ったかどうかも確認せずに一目散に逃げ出した。
「あっ、おい!」
 声が聞こえた気がしたがスネイプはひたすら走って図書室に駆け込み、胸をなでおろした。どんな形であれ、目的は果たした。もうこれでポケットに手を入れるたびに気が重くなることもない。
「ルシウス、覚えていますか」
「ああ、お前はハムスターみたいだった」
 髪を梳かれながらルシウスも同じことを考えていたのか、スネイプの問いに間髪入れずに答えが返ってきた。
 くすっとスネイプは笑った。
「本当に怖かった」
「もともとこんな顔だ」
 ルシウスは肩をすくめて答えた。
「でもあのときはまるで怒っているみたいで」
 栗毛の上級生にハンカチを押し付けてから数日後、スネイプは教室までやってきたルシウスに呼び出されたのだった。
 見事に静まり返った教室でスネイプは呆然と上級生を見上げた。なぜ、ここに。
『黒目に黒髪、青い顔。お前か、私の物を拾ったのは』
『・・・・・・はい』
『拾ってもらったことには礼を言う。が、しかし名乗るくらいはするものだ』
『すみません』
 不機嫌そうにルシウスは言い放つと紙袋をスネイプの胸に押し付け、スネイプが受け取る前に背を向けた。慌てて紙袋を掴んで視線を上げたときにはルシウスの姿は消えていた。
 袋の中身は駄菓子だった。そうとは言っても高級品店の小さく洒落た菓子だ。クッキー、マカロン、スティックチョコレート。グミ、キャンディ、カップゼリー。綿飴状のチューインガムまであった。
 こんなことがあってから、なんとなく廊下などで擦れ違えば目礼するようになり、それに気づくか気づかないかというほどの微かな頷きで無視しなかったルシウスによって二人の間に交流が生まれた。
「懐かしいですね」
「まったくな」
 何もかもが遠い昔のことのように思えるが、まだ10年も経っていないのだった。ルシウスからもらった最後の羽ペンにいたっては3年しか経っていない。
 二人は黙ったままそれぞれの過去に思いを馳せた。
 ルシウスは最終学年の年に監督生になった。下級生たちが気兼ねなく上級生に相談できるよう監督生には個室をあてがわれる。どこから見ても親しみやすいとは言えないルシウスが監督生になったのはこの点においては不思議だったが、成績が良かったこと、どんなかたちであれスリザリン寮を愛していたこと、わかりにくくはあっても面倒見は悪くなかったこと、そして何より規律を重んじていたことが評価されていた。ルシウスは他人に厳しかったが自分にも厳しかった。
「セブルス、朝が来たら出かけよう」
 ルシウスの声がポツリと部屋に響く。それにスネイプは「はい」と静かに答えた。


 山の木々がわずかに色づき始めていた。空も抜けるような青さは姿を消し、高く薄水色の秋空へと変わっている。日中の気温は高かったが、夕方には涼しく気持ち良い風が吹く。いつの間にか過ごしやすい季節に変わっていた。
 その日、突然目の前に現れたヴォルデモートは無言でスネイプの頬を張り飛ばした。容赦ない力は細い身体を狭い部屋の隅まで吹っ飛ばし、運悪くベッドの足に背中を叩きつける。
「うっ」
 衝撃に一瞬息が止まった。
 スネイプが顔を上げた時、汚れひとつなく光る靴先が目の前に迫っていた。そのまま手足を、腹部を、みぞおちを力任せに何度も蹴り上げられる。
「あうっ」
 腹部をかばって倒れたスネイプを手加減することなく蹴り続け、最後には杖を使って身体を玄関口に叩きつけた。
 それでようやく少しは気が済んだのかヴォルデモートは椅子に腰かけ、イライラとテーブルを小突きながら肩の凝りをほぐすように首をぐるりと一周させた。
 スネイプは痛む身体を気にしながらよろよろと立ち上がりキッチンに向かう。熱い紅茶を入れなければならなかった。
「この1ヶ月半、私はナギニと気分良く過ごしていた」
 ヴォルデモートは紅茶がテーブルに置かれるのを見てから口を開いた。暴力をふるった後にしては静かな声だ。それがまた不気味だった。
「ベラトリックスを始め、主要な者たちに満足はしていないが許せる範囲で不愉快な知らせはない。ルシウスもお前もとりたててミスを犯していなかったことは喜ばしいことだ。だが腹立たしい話が聞こえてきてな、気に食わなかったからルシウスを痛めつけてやった。2、3日起き上がれなかったとしても自業自得だ」
 紅茶をスプーンで無意味にかき混ぜつつ、ヴォルデモートは言った。こんなときでも部屋に漂うレディ・ブルーの香りはすっきりと気品高く、目の前の男の美貌をさらに際立たせた。
「あの小うるさい爺はお前がどうにかしろ、と私は言ったはずだ」
 手にしていたスプーンを立っていたスネイプに投げつけ、ヴォルデモートは切りつけるように言った。まっすぐに見つめてくるエメラルドの瞳に凍りつく。スプーンを薄い胸に受けながら、次は紅茶のカップが飛んでくることをスネイプは覚悟した。
作品名:冬の旅 作家名:かける