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冬の旅

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 苦しみに顔をゆがめるヴォルデモートを見下ろしながら、ふと思った。
 このまま、この人を放っておいたらどうだろう。ただでさえ相性の悪いレシ草とツタ葉の副作用だとしたら相当重症なことは間違いない。上手くすればこのまま死へと向かう。死んでくれるのなら、と考えてハッとした。なんて恐ろしいことを。
 スネイプは思わず周りを見渡した。誰もいるはずはないのに冷や汗が出る。しかし正気に戻り、怖気づいた心を絶え間ない唸り声がそそのかす。
 今なら。今ならできるかもしれない。この人の首に手をやれば息の根を止められる。これはチャンスだ、やってしまえと誰かがささやく。両手を目の前にやると大げさなくらいぶるぶると震えていた。
 そろそろと手を伸ばしてもヴォルデモートは気づかない。玉のような汗を流して苦しんでいる。
 できる、と思った。すべてをなかったことにしてしまえる。この人さえいなければ。
 そのとき床に散らばった白い花が視界の端に入った。そうして、ふいにジェームズの言葉を思い出した。
『僕ら、きっと幸せになれる』
 学生時代、ジェームズはそう言って、スネイプに想いが通じたことを嬉しがって泣いた。その姿に胸がいっぱいになって身体が震えた。
 僕たちが幸せだった天国のような日々はもう戻ってこないが、ジェームズの幸せだけは守らなければいけない。何を犠牲にしても彼には幸せでいて欲しい。そうでなくてはここにいる意味はない。生きている価値はない。ジェームズにはいつも優しく笑っていて欲しい。
「ううぅ」
 今、この人を葬ったとしても、たぶん負の勢いは止まらない。スネイプがヴォルデモートのもとに身を落とすずっと前から考えて出した結論だ。ここまできたら負の勢いは止まらない。
 この勢力はたまたま絶対的な力を持ったこの人に主導権をゆだねているけれども、もしこの人がいなくなったら大きく分裂して勝手に騎士団を攻撃し始める。一番邪魔だから。
 ここに来てわかった。騎士団は強い。何事にも先手を打ってくる。圧倒的ではないがここぞというポイントは確実に押さえてくる。
 この人がうるさがるのも理解できる。あと少しというところで邪魔が入るのは最初から大きくダメージを受けるよりフラストレーションがたまる。
 ここでは誰もが魔法界の覇権を望んでいる。すべてを支配して、邪魔者を排除し、思い通りになる世界を思い描いている。そのどれもがどす黒く、陰気で、悪意に満ちている。なぜそれほどまでに権力を望むんだろう。自分たちの顔を見たことがあるのか。恐ろしいまでに醜悪な顔を。
 スネイプはヴォルデモートの顔を見た。文句のつけようもないほど美しい。苦しむ表情さえ見とれる美貌の下に潜むものはなんなのだろう。邪気に満ちている心が顔に表れないはずはないのに。現にこの人はどれほどの人を殺した? どれほどの人を不幸に陥れた? どれほど魔法界を混乱させている? それなのにどうして輝くばかりに美しいのだろう。本当に不思議だった。
 スネイプはヴォルデモートの苦悶に歪む顔を見つめた。
 いくつもの邪気が乱立するより、一つにまとまっているほうがいい。悪がなくならないのならば小さな悪がいくつもあるより、一つの大きな悪があるほうがいい。監視対象が一つのほうがいい。そういう意味で、とスネイプは考えた。そういう意味でこの人は必要なんだ。
 ヴォルデモートに伸ばしかけていた手をスネイプは力なく下ろした。急に疲れてぺったりと座り込む。たった半年前までは笑っていられたというのに、今では抜け出せない暗闇にいる。明らかに悪だとわかっている人を助けなければならない。哀しかった。
 そう思った瞬間にポロリと涙がこぼれた。滲む視界の向こうに散らばる白い花。あの花のように打ち捨てられるとしても守りたいものがある。自分より大切な人がいる。いまさら過去のことをどうこう言っても始まらない。苦しんでいるこの人がいなくなるなどという考えは現実離れしている。スネイプは袖で涙をぬぐうと軽く頭を振り立ち上がった。
 とにかく水分を取らせなければならない。スネイプは大きなボウルに水をなみなみと入れ、ヴォルデモートの顎をしっかりと押さえて無理やり水を流し込んだ。
「うぅっ」
 ひっきりなしに身体を動かしているヴォルデモートに水を飲ますことは容易なことではなかった。2人は身体中を水びたしにしながら格闘した。それでもスネイプが弾き飛ばされなかったのはそれほどにヴォルデモートが弱っていたからに他ならない。普通ならば一瞬で殺されていただろう。
 盛大にこぼしながらもボウルの水を2杯飲ませたところで、スネイプはヴォルデモートの口に指を突っ込み無理やり吐かせた。これを2度繰り返したころには2人ともくたくたに疲れていた。部屋の床も2人の身体もこぼれた水と吐いた液体でずぶ濡れだった。
「はぁっ、はぁっ」
 ヴォルデモートに負けないくらいスネイプも荒い息をついていた。自分より大きな暴れる身体をおさえつけるのにはかなりの体力を必要とした。
「はぁっ、はっ、・・・・・・ごほっ」
 一際大きくむせるとヴォルデモートはぐったりと身体をのばした。手の平に感じていた抵抗がふっとなくなる。
「マスター! マスター!」
 もうスネイプの呼びかけにも反応せず、ヴォルデモートは意識を失ったのだった。


 リーマスはほとんど毎日ジェームズのもとに通っていた。ということは自動的にシリウスも一緒に行くことになる。いつもならば盛大に文句を言いそうなシリウスも今回ばかりは口をつぐんだままだった。
 どうしても行けそうにない日はリリーの予定を聞いていた。彼女もまた毎日のようにジェームズを見舞っていたからだ。彼女なりに思うところがあるんだろう。
 ジェームズの荒れ様はひどいものだったが、秋の気配を感じだす頃には落ち着いてきていた。少なくともリーマスとシリウスには「やぁ」と挨拶をした。それが時に「毎日ご苦労なことだね」と皮肉っぽいニュアンスを含んだとしても最初の頃に比べればそんなことはかわいいものだった。
 両親が無理やりに食べさせていた食事もこの頃では少量ではあったが自ら取るということで、すっかり痩せて幽鬼のような顔も少しは見られるようになってきている。
 相変わらず詳しいことはわからなかったが、スネイプがいなくなったことがすべてだということは騎士団の誰もがわかっていた。
 スネイプは煙のように消えた。手のあいている者たちが血眼になって探してもまったく足取りは掴めない。リーマスもシリウスもリリーも、新生活で忙しいはずのアリスもフランクも、寸暇を惜しんで探したが何の成果もあがらなかった。
 リーマスたちはともかく、騎士団のメンバーが必死にスネイプを探したのはスネイプが見つからない限りジェームズの復帰はありえないことがわかっていたからだ。ようは自分たちのためだ。生きていようが死んでいようが、とにかくセブルス・スネイプの消息を掴まないことにはジェームズが騎士団に戻ってくることはない。
 ヴォルデモートの勢力が日々増大していくなか、若者たちに大きな影響力を持ち、強いリーダーシップを兼ね備えたジェームズは騎士団にとって、すぐにでも復帰してもらいたい存在だった。
作品名:冬の旅 作家名:かける