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冬の旅

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「それでも、それでも、そんな、お呼びできません。僕はサーヴァントなんです。主人を愛称で呼ぶなんて聞いたことがありません」
「そうか、セブルスは僕って言うんだね。さっきまで私って言っていたけど僕のほうがいい。これからはそう言うように。これも命令。どうだ、主人っぽいだろう。トムって言うのがどうしても無理なら自分で言うのもなんだけど、トム様って言うのはどうだろう」
 愛称に様付けというのは変だから、やっぱりトムのほうがいいのか? などと言われて、今度こそ本当にスネイプは頭が爆発しそうだった。この人とあの人の落差が激しすぎる。そして、この人は少しだけジェームズに似ている。
「あの、すみません。本当にごめんなさい。せめてトーマス様にしていただけませんか。そんな、あの、トム様なんて言えません」
「ふふっ、言っているじゃないか。ほら、もう一度言ってみなさい」
 絶妙な間合いで命令口調になるのは計算しているのかしていないのか。眉の下がったスネイプの困り顔を見て楽しそうに笑う。
「本当に許してください。そんな、困ります。これではお仕えすることができません」
「ははは、いいぞ。私を脅すつもりだな。セブルスがいないと私は困ってしまうのだから。それではここは大人として、聞き分けのよい主人として譲歩しよう」
 朗らかに話す男が視界の中で輝く。美しい容姿、明るい性質、柔らかな雰囲気、あの人と同じ姿なのにこの人はまったくの別人だ。骨まで震えるような酷薄なあの人の尖りきった美しさにさえ惹かれたのと同じ心が非の打ち所のない完璧な、それでいて柔らかなジェントルに惹かれる。同じ人に接しながら「一人」ではなく「二人」だと認識していた。
「いつでも呼べとは言わない。もしも客人の前だったら主人としての規律が問われる。私が良くてもTPOは大切だからね」
 ここまで言われることにスネイプは困惑した。
「あの、本当に本当に本気なのですか」
「本当に本当に本気だ。セブルスはしつこいと思っているのだろうが、実は私も驚いている。なぜなら、嫌がることを強要する趣味はないからね。でも今回は別だ。さっきも言ったように記憶が飛んだ後はだいたいにおいて気分が悪いのだけど今回はそのようなこともなくて、反対になんだか爽快だし、それはきっと手厚く看護されたからだとすっかり君にまいってしまった。さっきサーブしてくれたスープだって、ぬるめで、固形物はなかったし、それに小さめのスプーンをくれただろう。一週間も食事をしていなかった私が一度にたくさんのスープを口に入れないようにと考えてくれたね。こんな気の利くサーヴァントがいるなんて私は本当にラッキーだ。呼び方などどうでもいいことだろうが、トムと呼んでくれると嬉しい。主人を喜ばすことだって立派なサーヴァントの役目だろう?」
 本当にこの人は何も知らないのだ。その彫刻のような手が血に濡れていることも、存在自体が恐怖の象徴になっていることも。
 この人の状態は次の頭痛が始まるまで、だ。そして、次に目覚めたときには『あの人』に戻っているんだろう。この人の存在が知られていないということはめったに現れない人格か、相当短い時間しか現れていないと考えられた。
 それに、偶然にも不幸にも知ってしまった人は、特に一番近くにいただろうサーヴァントたちは『あの人』に消されたんだろう。現に『目覚めるたびにサーヴァントが変わっている』とこの人自身が言った。
「セブルス? なぜそのような哀しい目をする? 私はそれほどに君を困らせているのかな?」
「・・・・・・っ、いえ、違います。あ、困っているのは本当ですけど。光栄です。マスターにそのようにおっしゃっていただいて」
「ほら、その呼び方は野暮だよ、次からは返事をしないよ」
 いつの間にかマスターと呼ぶことは禁止になっている。やんわりとだが確実に自分の思い通りの展開にもっていくマスターにスネイプは思わず笑ってしまった。
 それを見て同じように微笑んだマスターにスネイプは「降参です」と言った。この人が知らないのなら知らなくていい、そう思えた。
 結局のところ、心は安らぎを求めている。ささくれ立った心は優しさに反応する。善も悪も関係なく気持ちは楽なほうに流れていく。この人のそばにいるからといって、四六時中、罪悪感に苛まれて絶望していられない。生きることは希望を持つということだと、この数ヶ月でスネイプは悟っていた。ただジェームズという希望のために生きている。
 そのような中で甘えることを許されているのに、無理にそれを止めなくてはいけない道理はない。つかの間の平穏に身をゆだねてもいいじゃないか。
「わかりました。努力してみます」
 硬い声のスネイプにトムは手を伸ばし、少し荒れているスネイプの指先を軽く握った。
「私もセブルスに見放されないために良い主人になるよう努力するとしよう。と言ったそばからわがままを言うがトムと呼んでみてくれないか」
 半ば予想していたスネイプはなるべくマスターの姿を見ないようにしてつっかえながらも「ト、トム」と呼びかけた後、きつく口を結び「様」と言うのを我慢した。
「オーケー、私のわがままを聞いてくれてありがとう。もう無理は言わないようにするから、次からは私の目を見て話をしてくれるかい?」
「・・・・・・」
「ああ、これもわがままになるか? 注文が多いって?」
 スネイプは軽く首を振ってから言った。
「いいえ、おっしゃる通りにいたします。それから、お願いではなく命令をしてください。僕はサーヴァントなのですから」
 途端にしかめっ面になったトムはスネイプの手の甲を叩き、「そういう言い方は私の好みではないよ」と言った。
「サーヴァントは血のつながらないファミリーだ。少なくとも私はそう考えている・・・・・・なんて、説教くさくて悪いね。これからよろしく、セブルス」
 改めて差し出された手を恐々握り返し、そうやってスネイプは考えることを放棄して小川を流れていく草舟のように時の流れへと身を投げ出したのだった。


 ジェームズの復帰は一部で劇的な効果をもたらした。ジェームズに心頭しているエドガーは見る間に元気になり、嬉しくて仕方ないのを隠そうとして失敗していた。エメリーンやフェービアンたち、リーダーの素質があるものたちの表情さえも明るくなったのを見れば、やはりジェームズは若手騎士団の中心なのだと皆がそれぞれに改めて認識した。
 スネイプは見つかっていない。それでも戻ってきたジェームズの心境はいかばかりだろう。
 誰もが復帰を喜びながら恐れていた。また何かあったらどうする? 驚くほど痩せたジェームズの姿に誰もがわきあがる不安をぬぐえなかった。
 これでスネイプが死んでいたら、死体が見つかったとしたら、今度こそジェームズは誰も知らないどこかへ行ってしまうのではないか。怒りを爆発させるより、何もかも投げ捨ててしまうのではないか。そんな気がした。
 寸暇を惜しんでスネイプを探し続けるジェームズの、騎士団への忠誠が薄れたわけではないのも、恋人と仲間は別次元なのだともわかっていながら、それでも自分たちがないがしろにされている気がしてむなしさを覚える。
「シリウス、ちょっと」
作品名:冬の旅 作家名:かける