冬の旅
リリーが声をかけたのは以前はめったになかった騎士団内の小さないざこざの後だった。年長者組の一人と若者組の二人が廊下で言い争いをしたのだったが、それが思いのほか長引き、その声が吹き抜けを通して本部の1階と2階に響き渡っていた。言い争い自体はたいしたことではない。ちょっと議論が白熱すればけんか腰になることもある。真剣さゆえだとわかっていることだし、何より皆が同じ方向を向いていることが明白で騎士団内の雰囲気は常に良かった。
ところが、今日の言い争いは明らかに険悪なムードが漂っており、リリーが騒ぎに気づいたときには本部にいるほとんどが何事かと眉をひそめていたし、何人かはすでに騒ぎの部屋にいた。
「なんだよ」
リリーに引っ張られるようにして別室に連れてこられたシリウスは面倒くさそうにそっぽを向いていたが、内心イライラしていることはさかんにひくつく眉間のしわから察せられた。
「あの三人の言い争いの原因よ。なんなの?」
「知るかよ」
「知ってるでしょ」
シリウスは盛大に「チッ」と舌打ちをすると「俺だってムカついてんだ」と言って、ドサリとソファに腰掛けた。
「最初はどうでもいいような軽口だ。ロッドは薄毛を気にしてるだろ、それをあいつらがからかってたんだ、いつものことだが馬鹿だよな。加減ってのを知らねぇんだから」
「そういう問題じゃないでしょう。馬鹿馬鹿しいことだけど、何が重要かは人によって違うわ。ロッドは本当に気にしてるのよ。みんな、知ってるじゃない。でもそれでなんでジェームズの名前が出るの? 聞こえたわよ」
じろりと睨むリリーにシリウスは大げさに肩をすくめて、ソファの腕をパンと叩いた。
「ロッドもな、頭にきたのもわかるが『ジェームズがいないと何もできない癖に人をからかうのは一人前だな』って言ったんだ。それがまた当たらずとも遠からずだから、火に油を注ぐってヤツだ。今度はあいつらが『アラスターはいても騒動ばかりだ』ってやり返しやがった。最近、マッドは人が変わってきたからな。俺もおかしいとは思ってたんだ。言うほどのことじゃないが気になることではある。それはともかく、ジェームズのことを言われたらあいつらじゃなくったって腹が立つぜ。あいつがどんな思いでここにいるんだってわかってんのか、ロッドは。人を思いやる心はヤツにはないのか? そのくせマッドのことには怒るんだぜ」
「あなたが『人を思いやる心は』なんて口にするとはね。でもジェームズのことに関しては私も全面的にあなたに賛成よ。よく戻ってきてくれたわ。なんて言えばいいのかしら、ジェームズがいるだけでここも雰囲気がシャンとした気がするもの」
「不思議なもんだよな、あいつだって、すげー真面目ってわけでもないし、時々手を抜いてたろ。俺と同じなのになんで、俺とあいつの評価がこんなに違ってくるんだ」
リリーはシリウスの前で仁王立ちしていたが、呆れたようにため息をつくとシリウスの隣に腰掛けた。
「みんな、よく見てるのよ。あなたの適当さとジェームズの手の抜き方が違うって知ってるの」
「お前もたいがい失礼な女だな」
「あなたに失礼な女って言われても褒め言葉にしか聞こえないわ。そんなことより、あの三人は大丈夫なの」
フンと鼻を鳴らしてシリウスは馬鹿にしたようにリリーを横目で見た。
「大丈夫なもんか。ジェームズのことを言ったらこじれるに決まってるだろ。ただでさえ、下の奴らは年長者に反感を持ち始めてるんだ。ジェームズがいなかった間、年長者たちが何をした? 少なくとも4人はどこかに消えたってのに、『まだはっきりとはわからない』って言ってるようじゃイライラするわな。っと、そうだ、ジェームズから聞いたか」
「何をよ」
「パトリシアのことだよ」
「パット?」
首をかしげたリリーをシリウスはいぶかしげに眺めた。
「聞いてないのか? アンテウォーズのレノンがいなくなったってのは?」
「あぁ、その話か。随分前に聞いたわ、年が明ける前よ。だけど私は何も知らない。パットにも聞いてみたけど何も知らなかったわ。シリウス、これは私個人の意見だけれど、あれから3ヶ月たってるわ、レノンは・・・・・・もう駄目ね」
声を低くして言い切ったリリーにシリウスは頷いた。
「まぁな、俺もそう思う。あの爺さんは力はないがうるさかったからな。言い方は良くないが目の前を飛ぶ小蝿みたいなもんだろうよ。反対によく今まで無事でいられたと思うぜ」
「本当に例えが悪いわね。言いたいことはよくわかるけど。パットが悲しむわ」
ふーっとシリウスは大きく息をついて、身体をずらし、より楽にソファに腰掛けた。
「爺さんもだが、キャリック、ビリーとロイもいなくなった。ジェームズがいなかった3ヶ月間だけでだぜ。ジョーやエマを足したら、どれだけいなくなってると思う? それなのに今まで俺らは何もしてない。エドたちが不安がるのも仕方ないよな。ダンブルドアたちは何も対策をたてていない。これじゃ殺られるのを待っているようなもんだ」
「あなたまでそんなことを口にするのはやめて」
リリーは小声でたしなめるように言った。ただでさえ不満が出始めているときに影響を与える側にいるシリウスの良い響きを持たない言葉を外に漏らしたくはない。もしかしたら、扉の向こうに誰かいるかもしれないのだから。
リリーだって何人もいなくなっている事態は異常だと思っているし、ダンブルドアたちが何を考えているのか知りたいが、ここはひとつ年長者を信じて、なんらかの説明を待つことが必要だと思っていた。
まったく不満がないことなどあるわけがない。物の考え方は人によって違うのだし、最初から一緒である必要はない。納得いくまで話し合い、互いを理解しようと努力する過程を経て、相手が何をどう考えているのかわかってくる。それをせずに一足飛びに、あれは変、これは変、あいつはおかしいなどと決めつけることは愚かなことだとリリーは考えていた。
だからこそ、フランクやアリスたちとは違った感性を持つジェームズやシリウス、リーマスと言った少し苦手な部分を持った男性とも理解できるよう話し合いの気持ちを忘れないよう気をつけている。そこまで努力しているにも関らずリリーは常に後悔していたが、後悔しているからこそ努力しているのだとも言えた。
「年が明けてからこっち、どうもいい方向に向かっていない気がするな」
「そうね」
「クリスマスも不発だったしな。どれもこれも、ジェームズだよ。すべては」
「ねぇ、これから私たちどうなるのかしら」