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冬の旅

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「似てるなんて冗談じゃない。僕はあそこまで自信過剰じゃないし、気も強くない」
「リリーは昔から可愛かった。みんな、友達になりたがったよ。今も人気あるでしょ?」
「僕はごめんだ」
「仲良くしてね。打ち解けたら気が合うと思うな」
 ジェームズはスネイプが手に持っていたカップを取り上げ、テーブルの上に置いた。
「ねぇ、セブルス。僕には尊敬する先生や魔法使いがたくさんいて、友達も多いって知ってるだろう? そいつらを全部後回しにしても罪悪感さえ覚えないほど大好きな恋人の相手で、もう手一杯さ。リリーの入る隙間はないよ。ほら、キスしよう」
 肩に腕をまわされ、端整な顔が近づく。20歳を目の前にして、ジェームズは凛々しい青年へとしなやかに成長していた。近頃は視力が落ちたと言って、かけたりかけなかったりしていた眼鏡をよく使っている。
「惚れ直すだろう?」と冗談を言うたび、スネイプは呆れた顔をしたが、本当のところはこれ以上どう好きになったらいいのかわからなかった。それこそ針の通る隙間もないほど揺るぎなく心はジェームズのものだった。
 しっとりあわされる唇に何百、何千回目なんだと思いつつ、いつも心が震える。ジェームズはキスが大好きだった。
「んー、コーヒー牛乳の味がする」
 そう言って、ジェームズが笑った。
「コーヒーだってば」
 僕は愛されている。ジェームズがこの世で一番大切だ。
 ジェームズは何も聞かずに10日間、スネイプを可愛がり倒して、11日目に部屋を追い出された。
「僕の身体がもたない!」
 普段は変化のうすい顔を真っ赤にして睨みつけるスネイプに、ジェームズはクスリと笑うと投げキッスをして大人しく帰って行った。
 ヴォルデモート卿との約束は明後日に迫っている。スネイプは簡単に荷造りをした。ほとんどのものは置いていくことに決めていた。
 洋服を少し、生活用品を少し、現金を少し。写真たて、植物図鑑、羽ペンを数本。ジェームズにもらったあれやこれや。
 かばんに詰めると、もうあとは何を持っていけばいいかわからなかった。どれもこれもいりそうで、どれもこれもいらない気がする。
 クローゼットを前に悩んでいるとチリンと小さな鈴の音がした。
 振り返ると赤い首輪に小さな鈴を一つつけた見事な銀色のシャム猫がジェームズと同じ蒼い瞳で悲しげにスネイプを見ていた。
「おいで、エルザ」
 彼女はまるで自分は置いていかれるのを知っているかのように頭を下げてスネイプに近寄り、抱かれることに少し抵抗して納得はしていないと主張した。
「ごめん、でも連れて行けないんだ。ジェームズと仲良くね」
 いつでもスネイプの白く優しい手を求めて、ジェームズとケンカをするエルザはジェームズのことを嫌っているのではない。男と猫は互いに自分の好きな人をどうやって自分に振り向かすか、笑わすか、楽しませるかを争う好敵手だった。ジェームズはきっとエルザを可愛がってくれる。
 かばんをクローゼットの奥にしまい、エルザを抱き上げるとスネイプは居間のソファに座って、彼女が満足するまでゆっくりと背中を撫でた。
 それから赤い首輪を外し、風呂場に連れていった。耳に水が入らないように細心の注意を払い、肉球を優しく触り、体を綺麗に洗った。ときおりエルザが小さな声で鳴いたので「大丈夫だよ」と言うのも忘れなかった。
 エルザ用のクリーム色したバスタオルで水を拭いてやると、気持ちよいのかゴロリと腹を見せた。一通り水を拭い終わるとエルザは自らスネイプの足の甲に首を伸ばす。赤い首輪は彼女のお気に入りだった。
「もう少し乾いてからね」
 スネイプの言葉に了承すると、わずかに濡れた大きなバスタオルの下にもぐって格闘し始めた。グルグルと喉を鳴らしながら遊ぶ姿は子猫の頃と少しも変わらなかった。
 それを見ながら立ち上がり、スネイプは明日の夕飯の材料になりそうなものを確認するためにキッチンを見回した。
 ジェームズとの最後の食事は豪華じゃないけどオムレツにトマトベースの野菜ソースをかけて、ゆでたじゃがいもを添えよう。上手い具合に人参とブロッコリーがあるから、これも添えて。
 ソースを多めにつくって、ひき肉もあるし、ラザニアなんてどうかなぁ。
 それから、小麦粉とバターがたっぷりあるのを確認してパイを焼くことに決めたが、ミンスパイにするか、ミートパイにするかで迷った。ジェームズはミンスパイが好きだけど、2人で食べたミートパイも捨て難い。初めて会ったふくろう部屋で、ジェームズは屋敷しもべ妖精たちに悪態をついていた。
「ふふっ」
 やっぱりミンスパイかな。ラム酒につけたフルーツもあるし。パイ生地だけ作って、明日焼こう。
 ホグワーツを卒業して2年。いつの間にか、本を見なくてもパイが焼けるようになった。
 オムレツは半熟で、パンにバターは必須だけどバターケーキは嫌い、コーヒーはブラックなのにカフェでミルクを要求するのはスネイプのため。スネイプが最初からカフェオレを頼むときも同じことをした。
 スネイプはいつもそのミルクを何も言わずに使った。もっとミルクがいるだろう? と蒼い瞳が言っているのを知っていたから。
 ジェームズの好みや癖をひとつひとつ覚えた。それが楽しくて嬉しかったと口にしたことはなかったが、ジェームズはわかっていたと思う。スネイプの代わりに「嬉しいよ」と言った。
 小説みたいに、置手紙でも書いたほうがいいのか。書きたい、残したいと思ってもそれを躊躇するのは気恥ずかしいというより、それをしてしまったら自分がジェームズを断ち切れなくなるのではないかと不安だからだった。
 出会ってから今まで息も止まるほど愛された。生まれてからの15年間が帳消しになるくらい十分に。幸せすぎて胸が苦しいという気持ちに悩まされることさえあって、こんな贅沢をしていたら罰があたると恐れた。ジェームズの蒼い瞳に見つめられ、守られ、愛撫されて、血の1滴、骨の髄に至るまで彼のものになった。自分より恵まれた人生を送る人などいないと信じている。
 そのジェームズが騎士団に入り、ヴォルデモートとの闘いに向けた前線本部にいることはスネイプを苦しめた。命を狙われるには十分な位置にいる。役職はなくとも騎士団にいるという事実だけで狙われる確率は格段に上がった。このままの状態が長引けば、確実にジェームズは中心人物となる。それだけの統率力も魔法力も素質もある。
 恐ろしさにスネイプは身震いした。実際に身体がカタカタと震えた。ジェームズがいなくなるなんて考えるだけで死ねそうな気がする。
 ジェームズが騎士団を抜けることはありえない。一度決めたことを翻させることはねずみに象を持ち上げろと言うくらい無理なことだとわかっている。
 魔法戦争は避けられないという予感がする。ヴォルデモートの勢いはとどまるところを知らない。魔法界は負けるかもしれず、そうなれば一番犠牲者が出るのは抵抗勢力の筆頭である騎士団に違いなかった。
作品名:冬の旅 作家名:かける