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冬の旅

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 魔法界が負けようが、どれほどの犠牲者が出ようが、そんなことはスネイプにとって瑣末なことだった。が、ジェームズが死ぬことだけは起こってはならないことだった。何より、どんなことより回避されるべきことだった。あの蒼い瞳が永遠に閉じられた世界などなんの価値もない。
 だからスネイプはヴォルデモートの傍に行くことを決めた。自分にも何かできるかもしれない。少なくともジェームズに伸びる死神の手を払いのけることだけはしなければ。
 スネイプの行動はジェームズを怒らせ、傷つけ、悲しませる。
 それがわかっていても気持ちは揺らがなかった。危険が迫っているならば排除しようと思うことは生き物にとって自然なことだ。それが自分の身ではないということだけだった。守りたいのは自分より大切な人で、そういう存在がいることにスネイプは感謝していた。誰かの役に立てる、その誰かが自分の最も大事な人だというのは光栄なことだった。
 死ぬことは怖くない。15年間死んでいたも同然だった。今さら死を恐れはしないが、ジェームズと会えなくなることはつらかった。
 スネイプは冷蔵庫の横にかけていた日めくりカレンダーを破り、その裏にペンを走らせた。やはり何か言葉を残しておきたかった。


 ジェームズはここ数ヶ月のスネイプの評判が芳しくないことを気にも留めていなかったが、『ラビリンスに入るところを見かけた』という目撃談は嘘か本当かわからずとも聞き捨てならなかった。
 ラビリンスはヴォルデモートの息がかかった酒場だというのが騎士団の見解だった。そこで恋人が目撃されたかもしれないことは大きな衝撃をジェームズに与えた。騎士団の中でもあからさまではないにしろ、それとなくジェームズに忠告する者が増えている。
 2人が付き合っていることを本気にしているかどうかは別として、学生時代から交流があることは周知の事実だ。
 そんな矢先にスネイプが『泊まりに来ない?』と控えめに提案してきた。まさかとは思うが確認したい気持ちもあって、ジェームズは二つ返事で了承した。それを差し引いても、二人で過ごすことには大賛成だった。
 学生時代から変わらず、セブルスのことが愛しかった。それは20歳を前にしてますます拍車がかかり、口下手で不器用なために誤解されやすい恋人への思いは募る一方だった。控えめな笑顔を目にするだけで心拍数が上がる。本当に自分はおかしいのではないかと思うくらいにセブルスに惹かれていた。瑞々しい黒曜石のような瞳が自分に向けられることに限りない幸せを感じ、好きになってくれたなんて奇蹟だとさえ思う。セブルスの好みからいえば、自分は遠く離れた存在だとわかっていた。
 騎士団に入ったのは魔法界を、秩序を、弱い人々をヴォルデモートから守るという誓いの言葉とは裏腹に、ただ恋人を守りたいだけだった。魔法界がどうなろうとセブルスが幸せであるならばそれでいい。誰にも言えないがそれが本心だった。
 どうしていきなり僕を呼んで甘えてくれるんだ。頼んでもまるでそんな価値はないと居心地悪そうに背中を丸める君が『リゾートごっこ』なんて明らかなウソをついてまで僕を呼んだのはなぜ? 
 傍にきて。手を握って。髪を撫でて。
 キスして。抱いて。好きだと言って。
 砂糖菓子のような甘い言葉ばかりを口にするのは、なぜ。
 2人で過ごした10日の間に、ジェームズは『ラビリンス』の話をしなかった。しなくとも恋人を信じられたからだった。あの目撃証言はデマに違いない。
 これほどに心配性だったかと自分でも呆れるほどジェームズはスネイプに注意を促した。うるさいことを言っていると思いつつ口を開いてしまう。
「あまり外出しないでくれないか」と言いかけてはごまかした。恋に狂った馬鹿な男の考えだと思いつつ、不穏な空気が日々濃くなっていくなか、できるものなら地下室にでも閉じ込めてしまいたかった。
 セブルスには言えないが、誰もが思っているより状況は悪い。ヴォルデモートの勢力は拡大する一方で、なぜこれほどまでに魔法使いたちを味方にできるのか謎だった。善と悪は明確にされているというのに。
 動機は身勝手なものだったが、騎士団に入ったことで、魔法界で何が起こっているのかを詳細に知ることができた。
 この状況では魔法戦争はもう避けられない。仲間たちがヴォルデモート側についた魔法使いたちに必死の説得を試みてはいるが芳しい成果はあがっていなかった。その間にも仲間はいなくなる。自ら失踪しているのか、捕まっているのか、殺されているのか。騎士団はあと数ヶ月のうちに大々的な戦争が始まることを覚悟し始めていた。混乱している魔法省からも近いうちに何度目かの厳戒令が出るだろう。
 ジェームズは明日にでも今まで我慢してきた話をしようと思った。
 魔法界に安全な場所などなかったが、少なくともセブルスのアパートよりゴドリックの谷のほうが危険は少ない。疎開を勧めるつもりだった。
 ダンブルドアの不幸な妹のことは知ってはいたが、あそこは結界の力が強い。ヴォルデモートはダンブルドアたちがあの地に住んでいないことを知っているのだし、まず標的になることはないはずだ。それにマグルと魔法使いが混在しているのも目くらましになっていい。
 四六時中一緒にいられるのならまだしも、戦争が始まってしまえばそんなことができるわけもない。自分は騎士団の一員なのだ。目の届かない危険な場所にこの世で一番大切な恋人を一人残して闘うことはできなかった。安全だと、危険はないと安心できない限り闘えない。恋人のためでないならば闘う意味はない。
 毎日、セブルスを抱きしめて眠った。何もしないで寄り添って眠るのも悪くなかったが、情事の後のくったりとした身体を胸に抱くのは格別だった。まるで自分の一部のような感覚さえして、どこからが自分でどこからが恋人の体なのかと眠りに落ちる前に思った。
 明日はセブルスがご馳走を作ると言う。何をそんなに張り切っているのかわからないが、手振りを交えて楽しそうに話す姿はいきいきとしていて、ジェームズはそれが嬉しかった。
 たまには花でも持っていこうか。食卓に飾るような可愛らしいものを?
 学生時代、高原へ行った。夏だったが標高が高かったために、そこはようやく遅い春がやってきたところだった。一面に白い小さな花が咲いていた。
 髪に白い花を挿したら「女の子じゃない」と拗ねた。そういうつもりじゃなかったと言い訳したが、黒い髪に白い花が思いのほか良く似合って、何度拗ねられてもやめられなかった。仕返しとばかりに自分の髪にもたくさん花を挿されたが、それで許してもらえるのなら安いものだった。髪に花を挿しあう姿は滑稽だっただろうが、多くの白い花びらを黒髪につけたセブルスの姿は濡れたような黒い瞳と相まって、ジェームズの目を楽しませた。しかし何よりジェームズを嬉しがらせたのはセブルスが拗ねる姿を見せるのは自分の前だけだということだった。
 それは今でも変わっていない。
 いつも食卓に花を飾っている恋人を思い、ジェームズは一人微笑んだ。


 その日の夕食はスネイプにしてみれば思い出アルバムのようだった。
 オムレツやラザニアはともかく、レモネード、オレンジ、ブラウニー、ミンスパイ。
作品名:冬の旅 作家名:かける