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冬の旅

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 いつもなら目覚めたときには霧散している夢を今夜ははっきりと覚えている。ジェームズの息遣いを間近に感じた。優しい囁きが耳に残っていた。身体に顕著な変化はないが奥深くが燃えている。ジェームズが恋しかった。
 スネイプは左肩をそっと押さえた。そこには白い包帯が巻きつけられている。まだ新しい打撲跡が絶えず鈍く痛む。肩だけではない。今やスネイプの身体中が傷だらけだった。丁寧に治療されるがそれもすぐに無駄になる。
 ヴォルデモートとトムはふとしたことで入れ替わり、スネイプを困惑させた。今までよく誰にも気づかれなかったと不思議に思うほど頻繁に入れ替わっている。それでもトムである時間は短く、大部分はヴォルデモートであるのだが、最近は少しずつトムの時間が増えている気もする。
 ヴォルデモート時間になるとスネイプは屋敷にいることを咎められ、理不尽に暴力を振るわれ放り出された後、痛めつけられた身体を引きずるようにして山小屋に戻るのだが、トムが盛大に眉をしかめながら迎えにやって来る。そのたびに傷ついて、ときには寝込んでいるスネイプを「どうなっているんだ?」と憤りながら手厚く看病した。誰にやられたのか頑なに口を閉ざすスネイプを辛抱強く説得するトムは自分がやったなどと夢にも思っていない。ひどくされたり優しくされたり、ヴォルデモートとのギャップが激しいほどスネイプは何も言えなくなる。
 昨日もそうだった。
「セブルス、君はいつも怪我をしていて、気づくといつも屋敷にいない。どこでこんな目に会うのか教えてくれないか。何か面倒なことに巻き込まれているのかい?」
 左肩に丁寧に包帯を巻きながらトムが言う。それに答えられずにスネイプはうつむき、「すみません、ありがとうございます」と礼を口にした。
 ふぅっとあからさまにため息をつかれ、「君に謝って欲しいわけじゃないよ」と頭を撫でられて、手を握られる。指にエメラルドの指輪が光っていた。それをなんとはなしに眺めた。
「いいかい、君は私のサーヴァントなんだろう? 私は主としての責任を全うしなければならない。私の知らないところで大事な家人が頻繁に怪我をさせられるなんて許せることではないよ」
「え?」
 思わず顔をあげたセブルスは緑の瞳を細めて困ったように優しく微笑むトムの姿にしばし見とれた。そんなスネイプの頬にそっと手を当て、トムは子供を慈しむように撫でた。
「怪我。自分の不注意などというのは嘘だね? そんなに見事に傷だらけになるわけはないよ。理由を言ってごらん。悪いようにはしない。黙っていて欲しいのなら約束しよう。何があった?」
「いえ、これは自分で・・・・・・」
 身体を竦ませて答えるスネイプを束の間見つめてトムは穏やかに尋ねた。それは辛抱強い大人の対応だった。
「私には言えない?」
「そうではなくて、本当にこれは」
「脚立から落ちたり、足を滑らしたり、上から物が落ちてきたり。もしも本当だとしても、背中に切り傷ができるのは腑に落ちないね? 打撲くらいなら納得できるけれど」
「でも本当になんでもないんです」
 両手を擦り合わせて落ち着かない様子のスネイプをトムはジッと見つめた。うつむいて小さく首を振るたびに黒い髪がさらさらと揺れる。トムは小さく息をつくと、そっとスネイプを胸に抱き寄せた。
「私が君に怒っているのではないことはわかってくれるね?」
 スネイプが小さく頷くのを確認してからトムは素直な心情を吐露した。
「私は悲しいよ。そして情けなく思う。セブルスの力になれないことが、ね。理由を言えないのは私の努力が足りないせいだろう。だけど私がどれほど心配しているかだけはわかって欲しい。私たちはファミリーなのだからね」
 家族の心配をすることは当然なんだよ、とスネイプのこわばった背中をゆっくりと撫でてトムは諭した。息を殺して固まっているスネイプはどうしていいのかわからないのだろう、まるでハムスターのように十分に動揺した気配を漂わせて黙っていた。トムはスネイプの背中にいくつもの古い傷跡があることに気づいていた。そして、それが何を意味するのか正確に理解していると確信してもいた。
「さぁ、身体を見せてごらん。ひどくないようなら屋敷に帰ろう」
 トムは尻込みするスネイプを穏やかに、だが強引に制するとさっさと服をめくりあげて傷を確認し、ある程度治っていることに安堵すると着てきたマントでスネイプの身体を包み、抱きかかえると姿くらましした。
 それが昨日のことだった。いつもいつも、迎えに来ては屋敷に連れてこられる。トムに優しくされ、ヴォルデモートに痛めつけられる。極端な事態に心が少しずつ弱る。
 トムが優しく本当に親身になってくれていることがわかりすぎて、拒否することができない。ヴォルデモートを拒否することはできるはずもない。
 トムの話し方も、スネイプへの接し方も、雰囲気も、目尻を下げて穏やかに微笑むところも、ジェームズに似すぎていた。それが余計にスネイプの心を疲れさせる。
 スネイプはベッドを降りて、クローゼットから取り出したコートを羽織って部屋を出た。たぶん、ナギニもトムの部屋を出ただろう。スネイプは監視されていた。どちらの人格がそれを命じているかはわからないが巨大なヘビは主がヴォルデモートであれ、トムであれ、従順なことに変わりなかった。
 暗く長い廊下を歩いているとシュウシュウと息の洩れるような音がする。ナギニだ。巨大すぎる蛇は子供の太ももほどもある身体を持ち、人差し指ほどの牙を持っている。『蛇に睨まれた蛙』とは良く言ったもので、まさにその気分を味わわされる。スネイプはできるだけその音を聞かないようにして足を進めた。
 住んでいる人の数に対して屋敷は広すぎ、いつも寒々としていた。スネイプはここがどこなのかいまだにわからない。というのも、ヴォルデモートは小屋のある森の中にスネイプを砂袋か何かのように投げ捨てたし、トムに連れ帰られるときは姿くらましをするからだった。
 屋敷しもべ妖精たちはどれもこれも陰気で、よく言っておとなしく、決してスネイプに話しかけない。ルシウスがいない今、スネイプはたった一人だった。
 ルシウスとは3ヶ月会っていない。定例会はヴォルデモートがスネイプに出席を許さず、小屋にはおそらく強烈な目くらましの魔法がかかっている。ヴォルデモートは屋敷に人が来ることを好まない。ルシウスだけではなく、スネイプはほとんど誰とも会っていなかった。
 あの気の毒な老人レノンの件で、ルシウスはスネイプが犯した失態の身代わりになったと言う。スネイプはヴォルデモートがたまたまトムと入れ替わったために難を逃れられたが、ルシウスがどうなったかは想像がつく。
 スネイプとて、ヴォルデモートがヴォルデモートのままだったとしたら、いくらルシウスが全力でかばってくれていたとしても扉を開けた瞬間に殴り飛ばされたことを思えばひどい目にあっていただろうことは容易に想像ができた。
 再会してからまるで保護者のように寄り添っていてくれていたルシウスが姿を現さないのはそれなりの理由があるに違いない。あれから3ヶ月以上が経って、まさかまだ傷が癒えないということはないだろうと思う。立ち位置的にもルシウスは重要だ。
作品名:冬の旅 作家名:かける