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冬の旅

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 外に出るとまだ星が瞬いていた。空気が冷たく、強い寒風がスネイプの熱を指先から奪っていく。
 海が見たかった。
 門を出て、屋敷の裏通りをまっすぐ行けば海が広がっている。屋敷は崖の上に建っていた。
 夜の海が好きになった。陽の光の下、まぶしいほどのきらめきをたたえた穏やかな海も好きだったが、それはどこか懐かしさを感じさせるもので、孤独者をなぐさめる包容力は圧倒的に夜の海にあった。
 波の音を聞きながら、海を見ていると心が落ち着いた。月明かりの海も、暗い海も、荒れた海さえもスネイプを慰めた。
 静かな暗闇をシュウシュウという音を背後に聞きながら歩く。
 学生時代、ホグワーツの東はずれにある湖によく行った。あそこにある大きな木の上で過ごすのがお気に入りだった。ジェームズと出会ってからは一人で行くことはめったになくなったが、長期休暇で彼がいないときなどはふらりと出かけたりした。
 16の誕生日に二人で見た朝日は新しい生の訪れのように光り輝いていた。本当に幸せだった。
「でも、」
 思わずスネイプは声を漏らした。
 でも今でも自分は幸せだ、これ以上ないほど。ジェームズが生きていて、僕がいなくなって悲しんだと信じても今頃はシリウスやルーピンたちに囲まれてうまくやっていると思う。いつもジェームズは前を向いているから。そんなジェームズを好きになった。僕にできることなら何でもやるし、すべて差し出す。
 ジェームズのことを考えると寂しいけど、身体が喜んでいるみたいにとても温かくなる。涙が湧き出てくるが悲しいわけではなかった。
 吹き抜けた強い風に顔を上げると月に輝く海が見えた。スネイプは足を止めて見入った。考えるべきことは何もない。別に投げやりになっているわけではなかったが流されるままに生きて死ななければいけないときに死のう。ヴォルデモートの仲間として腕に印章が刻まれた今、スネイプにはもうどうしようもなかった。
 いつの間にかナギニの気配がない。スネイプが立ち止ったことでどこか草むらにでもいるんだろう。
 左肩が少し痛んだ。
 レノンの件の後、スネイプは4人を殺害していた。いずれもヴォルデモートと一緒のときだ。何もしていなくともヴォルデモートの気分で弱者は殺される。
 最初は母と子、3人だった。朝から機嫌の悪かったヴォルデモートは定例会に向かう途中で見かけた子供にひどく腹を立て、舌うちとともにエメラルドの指輪が光る右手を振り払った。と、同時に子供の首が飛び、何か起こったのかわからない若い母親はきょとんとした一瞬後に金切声をあげた。その悲鳴に抱かれていた赤ん坊が泣き出し、眉をしかめたヴォルデモートは再度右手を振った。
 それだけですでに悲劇だったが、スネイプにとって最大の試練はこの後だった。
 子供二人の首を飛ばされた母親は子供の血を浴びて半狂乱で泣き叫んでいたが、ヴォルデモートの姿を認めると果敢にも向かってきた。しかし、これもヴォルデモートの振り払った右手に倒れることになる。だが、運悪く首は半分を残してつながったままで息があった。一撃で死んでいたほうが苦しまなかっただろうに、とスネイプでさえ思わずにはいられない悲惨さだった。
「手元が狂ったな。ちょうどいい、あとはお前が女の息を止めてやれ」
 つまらなそうに言ったヴォルデモートは「早くしろ」とスネイプの背中をぐいっと押し出すと、興味をなくした魔法使いはスネイプを残して姿を消した。
 血まみれの女の緑の瞳、首からのぞく白い骨、それでも生きている。惨劇の場に残されたスネイプは印章が刻まれるとはこういうことかと再度衝撃を受け、ジェームズとは途方もなく離れてしまったのだと、わかっていても立ち尽くした。あとのことはもう思い出したくない。
 この海の音がすべてを忘れさせてくれればいいのに。
 風が出てきた。正面から吹く風に額をさらして立ち続けるスネイプの身体が少しずつ冷えていく。それでも海から目がそらせなかった。
「風邪をひく」
 言葉とともに首に柔らかな感触のマフラーがまかれる。
「トム」
 スネイプは横に並んだ穏やかな気配の男に目をやった。
「君はいつもここに来るんだな」
「好きなんです、夜の海が」
 スネイプは微笑んだ。
 トムは黙ったまま風に吹かれていた。瞳はまっすぐに海を見つめ、逸らされることはなかった。二人は静かに夜の海を眺めた。寄せては返す波の音が耳に心地よい。
 スネイプはトムが隣に立ったことで、夏に数日を過ごした海の家を思い出していた。いつも海の音が聞こえていた。あのときも日がな一日海を見て過ごした。腕に刻まれた印章が痛み、本当にこれで良かったのかとあれほど固く誓った思いが揺れていた。
 そんなスネイプを陽の下で輝く青い海は後押しした。やりたいようにやればいい、そして戻ってくればいいと。それはまるでジェームズのように芯のある揺らがない強さだった。それに勇気づけられた。
 けれども、ことあるごとに折れそうになるスネイプをさざ波の音で優しく包み、慰撫したのは夜の海だった。
「帰りましょうか」
 スネイプの声に「そうだな」と頷いたトムは何を考えていたのだろう。冷たい風にさらされた顔は引き締まり、月明かりの下で磨かれたダイヤモンドのようにただただ美しかった。目を奪われているとなぜか悲しげな眼をしたトムはスネイプの腕を引き寄せ背中に手を回すとあっという間に姿くらましをした。
 次の瞬間、部屋に一人で立っていたスネイプの耳にトムの囁き声が残っている。
「淋しいことを言う」
 その言葉が夜の海が好きだと言ったスネイプへの返事だと気づいたのは借りたままになったマフラーを椅子の背にかけたときだった。
 何をもって「淋しい」と判断したのかはわからなかったが、トムはどこで「淋しい」という感情を知ったのだろうとふと思った。


「ソフィアが殺られた」
 シリウスがジェームズの耳元でそう囁いたのはいまだ寒さ厳しい二月の終わりだった。
 本部では活発になったヴォルデモート勢に対する緊急の会議が開かれていた。議長はエメリーンだが、皆の意識はダンブルドアに向いている。
 ドーカス・メドウズが行方不明になっていた。ドーカスは騎士団の創立メンバーだ。不謹慎だが下っ端がいなくなるのとでは深刻度が違う。それなりの情報を頭に入れているからだ。
 酒を飲むと陽気になるが普段は物静かな思慮深い青年だった。婚約しているという話だったがジェームズはよくは知らなかった。騎士団内での人望は高く、若いメンバーに慕われている。そんな彼が自分から姿を消すわけはなく、何かの事件に巻き込まれたと考えるほうが自然だった。その「何か」はおそらく誰もが「名前を言ってはいけないあの人」絡みだと確信していると思われる。ジェームズもシリウスもそう考えていた。
 もし捕まったのなら、情報が漏れたことを前提に対応しなくてはならない。少なくとも隠れ家の一つや二つは洩れたとみても用心しすぎていることはなく、早急にあやしいところを引き払わなければならなかった。
作品名:冬の旅 作家名:かける