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冬の旅

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 ジェームズはタオルを取るとテーブルの上に置いてあったメモ用紙に『諾』と一言書いてサインをし、小さく切り取りロケットに入れた。
 すっかり毛づくろいを終わらせていたフクロウの足にロケットを固定すると窓を大きく開けた。フクロウは羽を広げて悠々と飛び立っていった。ジェームズはその後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
 そうしてまたソファに座るとタオルで目を冷やした。この上なく心が傷ついていても、目が盛大に腫れていても、3日後にセブルスに会うことになった今、ますますドーカスの件は先延ばしにするわけにはいかなくなった。出かけなければならない。
 ジェームズの心は揺れていた。このまま騎士団を抜けてしまおうか。セブルスに会えたら、今度こそもう逃がしたくない。二人で逃げてしまいたい。ヴォルデモートが追ってきても二人なら。二人ならどうなってもいい。今からでも遅くない。もし遅かったとしてもかまうものか。ゴドリックに行こう。心からそう思っているのに、そんなことができるわけがないとも思っている。そして、行動に移さないこともわかっている。
 ジェームズは思わず目の上のタオルを投げ捨て、頭をかかえた。
 どうして、僕の前から姿を消すことを決めていたのに出かける用意をしたんだ。宿泊用のかばんになぜ荷物をつめた。
 ジェームズはため息とともに軽く頭を振るとサイドボードの上に置いてあったメガネケースからメガネを取り出してかけた。悪あがきだろうけれど、これで少しは目の腫れも、表情もごまかせる。
 2月の終わりとはいえ、春はまだ遠く陽の沈みが早い。夕闇が漂い始めてから出かけるのでは遅い。話す内容がまとまっていないだけでなく、ひどい顔でメドウス家を訪ねることになってしまった。しかし、それもどうでもいいと投げやりに思った。
 意識はもう3日後に飛んでいた。


 ここのところ、ヴォルデモートはずっと機嫌が悪かった。10日ほど前にフレア地区で拉致した騎士団員があらゆる方法で拷問されても最後まで口を割らなかったからだ。その場にいなかったスネイプは騎士団員が男なのか女なのかはわからなかったが、もともと目をつけられていたとかで食料品店から出てきたところを襲ったのだと耳にした。
 スネイプは最近、ヴォルデモートの屋敷で生活している。彼の中で何が起こっているのか、スネイプが屋敷にいることに違和感を抱かなくなったらしく、叩き出されることはなくなった。だが、身近な気晴らしの玩具程度の扱いで、理不尽な暴力による傷が減ることはない。少しでも気に入らないことがあるとスネイプを殴り飛ばし、抵抗する素振りを見せるだけでも暴力はさらに増した。今ではただ何もせず、殴られるほうが傷が浅いことを知っている。
 ヴォルデモートは自分の手足を使うことによって体内で荒れ狂う鬱屈を発散させているようで、息も荒くなるほど殴る蹴るを繰り返し、めったなことでは魔法を使わなかった。
 トムの時間はフレア地区での失敗を境にヴォルデモートの時間に変わっていた。スネイプの身体はさらに打撲が増した。あらゆる場所が紫色に変色し、特にひどいのは右耳の下の内出血だった。靴先が綺麗にヒットし、目の前で銀の粉が飛び交った視界が歪むほどの激痛をともなう一撃だった。
 屋敷しもべ妖精たちが塗り薬や湿布を持って現れたが、どうしても身体を動かすことができず、ベッドに転がっていると勝手に手当をしてくれた。それが誰かの命令なのか、彼らの善意なのかは知らない。
 あちらこちらが痛み、日に日に動くことさえつらくなっている。それは先の見えない虚しさが気持ちを沈ませていることと関係しているのかもしれなかった。しかし定例会議には出席させないくせにヴォルデモートはスネイプが傍らにいることを望んだ。
 屋敷に人を呼ぶことを好まないヴォルデモートは部下たちの報告を受ける場所を確保しており、もっぱらその別邸に死喰人たちを呼びつけては話を聞いている。スネイプはその場にいることを強要されているが、それを気に入らない輩は多く、特にベラトリックスの嫉妬はひどかった。毎回射殺しそうな視線を向けるが、皮肉なことにヴォルデモートがいるがためにスネイプは手出しをされない。
 屋敷の場所も知らなければ、別邸の場所も想像つかないスネイプはいつもヴォルデモートに力任せに引きずられて移動していた。以前トムに『ここはどこですか』と聞いてみたが『さぁ』とごまかされたので、正確な場所を教えたくないのだろう。ここがどこであるのかを知ったところで、どこに行く宛もないスネイプは早々に詮索することをやめた。
 ヴォルデモートはトムであるときも何ら変化を見せることなく、ラバスタンやクラウチの報告を聞いている。ここに矛盾を感じていないのが不思議だった。日々、騎士団を潰すことを念頭に行動していることを耳にしておかしいと感じないんだろうか。トムが穏やかではない言葉を発するたびにスネイプは身を震わせた。
 トムは簡単に「始末しなさい」と口にする。そして、完了報告を聞くと当然のことだと頷き、失敗すると恐ろしく不機嫌になる。スネイプに適当な所用を言いつけて、席をはずさせている少しの間に『何らかの良くないこと』が行われ、スネイプが戻るときには部屋にはいつもトムしかいなかった。
 それにスネイプは気づかないふりをした。身勝手なことに良心は痛むが気づいていたからといって、何ができるのか。ただでさえ災難は身に降りかかっているし、ジェームズに火の粉が飛ばないようにするには細心の注意が必要だし、ヴォルデモートにしろトムにしろ、この人の目が他人に向いているのなら好都合だった。
 不気味な蛇ナギニはまだ成長しており、いまやスネイプの肩くらいなら噛み砕きそうだった。トムもヴォルデモートも可愛がっているが、スネイプはあの残忍そうな黄色の瞳が気味悪くて仕方なかった。幸いなことにナギニはスネイプに危害を加えなかったが、ヴォルデモートの一言で襲い掛かることは容易に想像できる。部屋の外で鉢合わせるとぎょっとする。
「セブルス」
「はい」
 スネイプはヴォルデモートが腰かけているソファの前で静かに片膝をつき、頭を垂れた。
 ヴォルデモートはいつも暴力を振るっているわけではない。何かのきっかけがあって荒れるだけで、基本的には素晴らしい硬質の美貌に似合う冷たい策士だった。
「ひとつ、仕事をしてもらおう」
「はい」
「フレアへ行け。焼き払ってでも騎士団のアジトを見つけろ」
「はい」
 そこでヴォルデモートは片眉を上げ、フンと鼻で笑った。
「ルシウスをつけてやろう。このところ神妙にしている褒美だ」
「ありがとうございます」
 早口にならないように気を付けてスネイプは冷静に礼を言った。あからさまに嬉しそうにすると撤回されかねない。それにしても何の気まぐれだろう、ルシウスと行動させるなんて。
「いいか、必ず見つけろ。死にもの狂いでやれ」
 こころまで言われるからには見つけられなかったでは済まされず、おそらく与えられる時間も少ないのだろう。
作品名:冬の旅 作家名:かける