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冬の旅

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 だが、ルシウスが一緒だ。レノンの一件から数ヶ月が過ぎた今、ルシウスがまた以前と同じようにヴォルデモートのために行動していることは死喰人たちからもたらされる報告で知っていたが、少なくともスネイプがいるときに本人が現れることはなかった。
 トムがヴォルデモートであるとき、スネイプは就寝時間以外、良く言えば寄り添うようにして時間を過ごす。トムのときより拘束はきつく、始終気を張り詰めていなければならないスネイプの心は常にギスギスしていた。もっともトムだからと言って、かなり負担は軽減されるものの、また違った意味で気を遣うことに変わりはない。
「ルシウスには伝えてある。用意をしたらすぐに出ろ」
「はい」
 無駄口をたたかず従順な態度を崩さないスネイプにヴォルデモートは指先を軽く動かす優雅なしぐさでスネイプを呼び寄せた。
 立ち上がり数歩前に出たスネイプの腕を掴むとヴォルデモートは低い声で言う。見下ろすことになった緑色の瞳がスネイプの瞳を冷たく射る。指先の力が思いもかけず強く、スネイプはわずかに眉を寄せた。
「最初からお前の忠誠など期待していないが、この腕に私の印がある限りお前の行動は筒抜けだ。それを心して行動しろ」
 凍りついたような緑の瞳は感情を見せることはない。その美しい瞳を見返しながら、スネイプは改めて認識する。
 この人と運命を共にするほかに道はない。
 騎士団も死喰人も関係ない人もたくさん命を落としている。誰もが何もなかった頃には戻れない。
 このところ、頻繁に死喰人がやってくる。話を聞いていると騎士団のどこかの拠点が判明し、騎士団はもとより強引に関係をこじつけた人々をも取り押さえているのだという。耳を塞ぎたくなるような話が平然と語られる。
 嫌悪感に指先が震えるが、しかし、スネイプはその一員なのだった。他人事ではない、その嫌悪は自分自身に向けられていると認識しなければならなった。直接手を下していなくても、残虐な行動が行わる限りスネイプの手も血に濡れていく。それがヴォルデモートのそばにいるということだ。
 すでに数人を手にかけているスネイプにとって、今後陽の当たる場所で生きていくことはできないし、それを望んでもいない。確実に狙われる身となっている。しかし死んだほうが楽になるような状況に陥ったとしても、どうしようもなくなるまでは生き抜くと決めていた。
 死喰人たちに蔑まれ、ヴォルデモートに半殺しの目に合わされ、心がズタズタに引き裂かれようと、すべてはジェームズを思えば耐えられた。
 だから。
「僕は裏切りません」
 ただ一つ、あなたがジェームズに死の手を伸ばさない限り。
 そのためには騎士団の誰が死のうが気にしてはいられなかった。どんなにジェームズが悲しみ、落ち込んだとしても、生きていれば時が解決する。それを身を持って経験しているスネイプはたとえどのような状況に陥ったとしてもジェームズを生かすことに全力を注ぐ。生きていればまた幸せがジェームズの上に降るだろう。
 スネイプの返答にまったく信用していないことを隠しもしないヴォルデモートは小さく鼻を鳴らすとつかんでいた腕を振り払った。そして大きく息をつき、ソファに深くもたれなおして目を閉じた。その姿をスネイプはしばらく見下ろしていた。
 一流の彫刻家が腕によりをかけて仕上げたような美貌だ。シルクのような金髪に、絶妙なラインを描くなめらかな頬、思わず手を伸ばしたくなる薄い唇は魅惑的な赤色だ。しかし、今日はどこか気だるげで常に光り輝いているような覇気はない。それでもまつ毛が落とす影に成熟した大人の色気が立ち上り、否応なく人を引き付ける。スネイプは時も忘れて、いつの間にか惚けたように眺めていた。
 ヴォルデモートの指がソファの腕をトン、トンと叩いているのに気づき、背を向けると部屋の隅に用意されていたテーブルワゴンで紅茶を入れた。
 本人は気づいていないようだったが、このような姿のとき、ヴォルデモートはいつもより少しくつろいでいるのだった。そして少しだけ機嫌が良い。ここのところの不機嫌さを考えれば珍しいことだった。
 レディ・ブルーの香りはどんなときでも気品がある。名前の通り、正装した貴婦人を想像させる。常人には手の届かない美しく落ち着いた大人の女性だ。
 部屋中に香りが漂い、目を閉じままのヴォルデモートの口元がわずかに微笑んだように見えた。それだけでなぜか気持ちがなごむ。そんな自分に困惑した。緩みかけた唇を思わず引き締める。
 なぜ? どうしてこの人がリラックスできるとほっとする? この不思議な気持ちはなんだろう。自分でも言い表し難いこの気持ちは。もしかして嬉しい、のかもしれない、とぼんやり思う。でも、なぜ。
 わからない、わからない、わからない。桁外れの美しさは恐怖を超えるということ? 何もわからない。
 身体のみならず心まで傷つけられても、スネイプはヴォルデモートを心底嫌悪することができなかった。ベラトリックスやドロホフのほうが受け入れがたく、気味悪さに身体が震えた。死喰人たちがやってくるたび無意識にヴォルデモートのそばに寄っていた。助けを求めるかのように。助けてくれるはずもないのに。
 恐ろしく残酷だったがヴォルデモートはいつも一人だった。それがなぜか幼少時代を思い出させる。立場も状況も何もかも違っているのに抱える『孤独感』は同じ気がした。が、それもまたスネイプの勝手な感傷なのかもしれなかった、ヴォルデモートはまったく気にしていないのだから。
 しかし、どうしても嫌悪できない最大の理由は『同じ顔をしてトムが現れる』ことだった。別人だと思おうとしても混同してしまう。トムは優しかった。
 昔、とヴォルデモートが言った。いつの間にかヴォルデモートは目を開けており、姿から察するにどうやらスネイプの様子を見ていたようだった。
「昔、私が別の名前だった頃」
 スネイプは驚いて、紅茶をサーブする手を震わせてしまい、テーブルとソーサーが当たってガチャリと思いかけず大きな音を立てた。スネイプは咄嗟に詫びたが何の反応も返ってこなかった。
「好きな女がいた」
 肘かけに右肘をつき軽くこめかみを揉むヴォルデモートの姿はまるで肖像画のように様になっていた。スネイプはどう返していいのかわからなかったので小さく頷き、顎で指されたソファにそっと腰かけた。
 ヴォルデモートの顔色が良くない。頭痛だろうか。
「赤毛でお世辞にも美しいとは言えない女だ。そばかすをひどく気にしていつも下を向いていた。貧しくて身なりも悪く汚かった。それにおとなしい女だったから始終からかわれていた。少しは怒ればいいものを悲しそうな顔をするだけで、そんな光景を目にするたびにばかばかしくて私は苛々した」
 ヴォルデモートは紅茶を一口飲むと両手を腹の上で組み、目を閉じてしまった。この人の中におそらくトムだと思われる人の記憶があるなんて考えたこともなかった。しばらくしても、口を開かないので話は終了したかと思ったが、そうではなかった。
作品名:冬の旅 作家名:かける