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冬の旅

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「人から馬鹿にされていた女のそばにはいつも動物が現れた。妙に動物に好かれていたな。野外学習に出れば小鳥が舞い降り、野兎が姿を見せた。熊の背中に乗っているのを見たこともある。不思議な女だった。腹立たしくても私が目を離せなかったのはそのせいだ」
 スネイプには話をするヴォルデモートの姿こそ不思議だった。目を閉じているからかもしれないが、ここ最近こんな穏やかな顔を見たことがない。
「あるとき、広場で若い男たちがリスかテンか忘れてしまったが、それに向かってナイフを投げていた。それが遠くに行きすぎると魔法で移動させてまたナイフを投げた。何度繰り返していたか知らないが動物にはナイフが1本刺さり尻が赤く染まっていた。お前は残酷だと思うだろうが狩りと同じだ」
 思考を読まれたように、突然、話を振られてスネイプはビクリと身体を震わせた。
「誰も男たちを止めなった。柄が悪かったことが原因だったろうが女たちは遠巻きに非難の目を向けるだけだった。男たちも眉をひそめつつ見て見ぬふりだった。もちろん私も興味がなかったから放置した。誰が何をしようとそんなことはどうでもよかったからな。だが女は違った」
 ヴォルデモートの話はスネイプの興味を引いていた。話の中心人物はヴォルデモートの好きな女性だ。美人でもきらびやかでもない。全身を宝石で着飾るような女性でもない。正直意外だった。この人はみすぼらしさを笑い飛ばす傲慢さを持っているはずなのに。
「ナイフが飛んでいる中に飛び込んでいった。動物も女のもとに一目散だった。さすがに男たちもナイフを投げるのは躊躇したが罵声を浴びせながら小突き回した。よくあることだ。女は無様に地に伏したが抱きとめた動物だけは腕から離さなかった。あれはなかなか見事だった」
 そう言いながらもヴォルデモートはフンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そうするうちに珍しく女が怒った。初めて見たな。遠目にも大げさなほど身体が震えているのがわかった。私には聞こえなかったが普段からは見違えるほど男たちに激しく何か言っていた。たぶん前日に雨が降っていたんだろう、何度も小突き回された女は髪も服も泥だらけだった。汚れた姿を周りはみな笑っていたが私は苛々した」
 思い出したかのようにヴォルデモートは顔をゆがめ、まるで幻影を消し去るかのように手を振り払った。何をしても絵になる男だった。
「勇ましく何か言ったはいいがすぐに顔を蹴られて、今度こそ沸点を超えたのだろう。杖を出すとあっと言う間に男たちをどこかに飛ばしてしまった。私はそのとき初めて女の魔法力が優れていることに気がついた。それまでマグルのようだったから、本当に鈍い女なのだと思っていた」
 そこでヴォルデモートは話を止めて、紅茶のカップに口をつけた。身体を通り抜ける香りを楽しんでいたがすぐに肘をついた手でこめかみをゆるく揉みだした。やはり頭痛のようだった。薬のことを口にしないからおそらく遠くで鳴る雷のようなものなんだろう。まだ予兆だ。
「女は周りの嘲笑を気にもせず泥だらけのひどい姿のまま動物を抱えて帰って行った。数日後に見かけた女の顔はひどかった。蹴られた頬が青紫色に変わり見るに堪えない醜さだった。唇も腫れ上がって蛭のようだったしな。それでも普段より多いくらいの小鳥が女の肩にとまるし、子ぎつねがじゃれつく。妙な光景だ」
 遠くからやってくる頭痛がどの程度のものなのかを探るようにヴォルデモートは少しの間黙った。スネイプも黙ってテーブルの上の砂糖壺を見ていた。気まぐれに砂糖を入れて紅茶を楽しむヴォルデモートのために常に用意されているものだった。
「私は相変わらずの陰気に加えて気味の悪い顔になった女に興味を持った。洗練された魔法の様が似合わな過ぎていたこともあるし、女の怒った姿が意外だったからだ。それから女を観察することが私の日課になった。いろいろなことに気付いたが、そのほとんどはどうでもいいことだった。そのうち見ていることにも飽いたがいつも動物に囲まれていることだけを覚えている。何が気に入ったのかいまだによくわからない。どうやら私はあの女のことを気に入っていたらしいと気づいたのは随分たってからだ。その頃には女はどこかに越していた。今はどうしているのか、もはや興味もないが」
 ヴォルデモートは上を向いて大きく息をついた。そのままの姿勢で囁くように言葉を続けた。
「お前を見ていると時々思い出す。そのうちお前もあの女のように突然感情をあらわに私に何か言いそうな気がするからなのか」
 話は思いがけないところで終着した。気に障るようでもなく、ヴォルデモートは淡々とそう評価した。
 スネイプはどう反応して良いのか戸惑い、息をつめてじっとしていた。そうすると部屋の静寂さが気になる。何か言おうと口を開いたが言葉が見つからない。幸いなことに返事を求められていない気もする。
 ヴォルデモートは胸元がV字に開いたざっくりと織られた紺色のニットを着ていた。おそらくその下は素肌だ。浮き上がった鎖骨が思いのほか男臭く、それでいて肌はなめらかで白く輝いていた。
 空調の整った屋敷や別邸ではどのようなかっこうをしていても快適にすごせる。スネイプはヴォルデモートが厚着をしている姿を見たことがなかった。
 ヴォルデモートは見るからに温かそうなコートを所有している。シンプルでシックな黒いコートだが一目であつらえたとわかるものだ。何度か手渡したが素晴らしく柔らかな手触りだった。
 背が高く、適度に細身だったが骨格がしっかりしているヴォルデモートは、裾の広がるマントよりロングコートのシルエットが美しかった。撫でつけた金髪の甘さと透き通るような緑の瞳の冷たさは、ポケットに手を入れていることの多いヴォルデモートをさらに洗練された男に見せた。誰もが見とれざるを得ない美しさだ。
 ヴォルデモートであるときは何事にもぶれない冷たさを、トムであるときは軽妙でジェントルなウェットをみせるが今はどちらも違うような気がした。あえて言うのなら、二人を足して割ったような。
 肘をついて、またこめかみを揉みだす姿にスネイプはほんの少し落胆していた。そんな自分が自分でわからない。頭痛が治ればトムになる。トムになれば殴られずに済むのに、この人が消えるのが残念だと感じるなんて。
「お薬をお持ちしましょうか」
 なるべく気に障らないように小さな声でゆっくりと尋ねた。
 ヴォルデモートはいや、と首を振りかけ、「やはりもらおう」と言った。いつもならば、頭痛に気が高ぶり苛々してきているはずなのにそのような素振りはなく物静かで落ち着いている。
 もしかしてこの人はもうトムになっているんだろうか。そんなことを考えてしまうほど穏やかに言葉が返ってきた。思わず顔を凝視してしまったが、目をつぶった顔色の悪い男は確かにヴォルデモートだった。
 トムと思うなんてどうかしている。
「横になられてはいかがですか」
 スネイプは立ち上がりならが言った。薬を飲んで寝てしまうのが一番いい。目覚めた時には治っている。
「そうだな、そうしよう」
 声色は不服そうだったが頭痛はだんだんひどくなっているのだろう。時折、ヴォルデモートは眉間をひくつかせた。
「お薬をお持ちします」
作品名:冬の旅 作家名:かける