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冬の旅

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 スネイプはすぐに隣の控室に向かった。別邸でスネイプに与えられた小さく、簡素な部屋だ。たまにだったが別邸にて数日間過ごすことがあり、一定の着替えや日常品を置いていた。ヴォルデモートの薬も常備してある。
 スネイプが部屋に戻ったときもまだヴォルデモートはこめかみをゆっくりと揉んでいた。この人の頭痛は何が原因なのだろう。子供の頃からだと言っていたし、医者も原因がわからないと言っていた。二つの人格が障害を起こしているのだろうか。
 スネイプは頭痛薬と水の入ったコップを差し出した。受けとるとヴォルデモートは「もう行け」と手を振った。
「詳細はルシウスに伝えてある」
 そう言うともうヴォルデモートは口を開こうとしなかった。ソファに背中をもたれさせ大きく息をついて動かなくなる。
 スネイプはそのまま寝入ってしまうのではないかと心配した。温かなベッドでぐっすり眠ればいいのに。薬には催眠作用があって、身体中の力が抜けて熟睡できる。蒼白な顔を見ると部屋を立ち去るに立ち去れない。うるさがられるとわかっていても口にせずにはいられなかった。どうしてこんなに哀しく淋しく思うんだろう。
「ベッドのご用意をしましょうか」
 少し待ってみても反応はなかった。寝ていないことは息遣いでわかる。返事をするのも面倒なのだろう。まだ薬がきくような時間もたっていない。もう少したってから声をかけることにしよう。
 スネイプは時間稼ぎにテーブルの上の茶器を片付けることにした。いつもなら屋敷しもべ妖精たちにまかせているカップを洗いに部屋を出た。
 時間をかけて洗って丁寧に拭いたがすぐに終わってしまい、時間つぶしにパントリーを覗いた。そこで瓶に入ったドライフルーツを見つけて、思わず手に取った。
 レーズン、アンズ、クランベリー。オレンジピールもある。
 帰ってきたらミンスパイを焼こう。探せばリンゴもあるはずだし、用事を首尾よく片付ければおそらくトムが喜んでくれるだろう。何をしてもあの人は喜ぶし。
 瓶をもとの場所に戻し、小麦粉がたっぷりあることを確認した。バターやミルクは屋敷しもべ妖精たちが切らすはずがないので安心だ。
 ミンスパイの作り方を覚えている。昨年初夏に作ったのが最後、あれは遠い昔のことのようだ。
 スネイプはパンにカップ1杯分のミルクを入れて火にかけた。あたたまり始めたミルクにチョコレートを溶かす。この甘い飲み物は子供向けなのだけれども、実は大人だって大好きだ。優しい香りでふんわりと身体を温めてくれる。
 ただでさえいつも体温の低そうなあの人が具合を悪そうにしている様は暗く深い底なし沼に沈んでいくように感じる。殴られ、叩かれ、蹴り上げられて、さらには心までひどく傷つけられていても、あのような姿を見せられると気になってしまう。
 ばかみたいだ。
 そう思う。ヴォルデモートを好きじゃないのに嫌えない。トムと入れ替わればまだ気は楽だ。それなのにヴォルデモートを心配してしまう。まだ、あと少しヴォルデモートのままでもいいと思ってしまう。こんなのは気持ちが悪い。
 戸棚からマグカップを取って、ホットチョコレートを注ぐ。
 このような飲み物を作ったところで意味がないことを知っている。別に感謝をされるわけでもないし、期待をしているわけでもない。そうせずにはいられない何かに従っているだけだ。その『何か』を考えたくない。わかりたくない。知りたくない。何もわからなくていい、疲れるだけだから。どうせ悲しくなるだけだから。
 チョコレートの香りをまき散らしながらスネイプは部屋に戻った。危惧した通り、ヴォルデモートはソファで眠っていたのだろうが、ドアが開いた音で目覚めたらしかった。
「まだいたのか」
 目を閉じたままヴォルデモートが言った。
 はい、と答えつつ、カップをテーブルに置く。チョコレートの甘い香りが立ち上った。
 ますます顔色が悪くなったヴォルデモートの顔はもはや蒼白だった。まだ薬がきいていないのだろうか。
 ヴォルデモートは目を開けて、ちろりとスネイプを見た。ちょうどスネイプもヴォルデモートを見ていたため二人はつかの間見つめ合うことになった。ヴォルデモートが先に視線を外したので、スネイプはほっとして言った。
「あの、どうぞ」
 エメラルドのように美しい瞳が感情を映すことはないのだろう。無表情だった。トムだったら目を細めて笑ったことだろう。感謝の言葉を口にしてくれただろう。だからこの人はヴォルデモートだ。でもどこかこの人も変わったかもしれない。先に視線をはずすなんて。
「ああ」
 ヴォルデモートが思いのほかおとなしくマグカップに口をつけたのを見て、スネイプは笑いたくなった。実際には口元を緩めもしなかったのだけれども。
 ヴォルデモートは普段から紅茶を好み、気が向かない限り砂糖を使いもしなかったが、スネイプがソーサーに添えるチョコレートやビスケット、マシュマロ、干しアンズと言った茶菓子は残したことがなかった。何種類かを皿にのせて出しておくと紅茶がなくとも時々つまんでいる。結構甘いものが好きなのだ。
 以前、戯れに作ったシフォンケーキをトムはことのほか喜んだ。人格が入れ替わったとしても味の好みまでは変わらないらしい。
「ベッドのご用意をしてきます」
 スネイプは立ち上がったが、しなくていいという言葉に動きを止めた。
「ナギニがいる」
「ええ、でも」
「いいからお前はもう行け」
 スネイプの言葉にかぶせるようにしてヴォルデモートは言った。口調はきつかったが顔色の悪さがスネイプの恐怖心を抑える。立ち去りがたく迷っていると、ヴォルデモートは大きくため息をついてから立ち上がった。
「私は休む。お前はフレアの件を片付けてから戻ってこい」
「はい」
 扉に向かって歩きながらヴォルデモートは言葉を続けた。
「ベラトリックスは放っておけ。お前に手をあげることはない」
「・・・・・・はい」
 予想外のことを聞かされ返事が遅れた。なぜここでベラトリックス?
「それにしても忌々しい頭痛だ。どうにかならないのか?」
「どうにかとは」
「毎回頭痛が起きてから薬を飲む。そうではなく、頭痛自体が起こらないようにする薬はないのかということだ」
 階段を上り二つ目の部屋がヴォルデモートの部屋だ。扉を開けると足音が聞こえていたのか、ナギニがしゅるしゅると近寄ってきた。条件反射で一瞬足が止まる。絶えず舌を出し入れしている姿が気持ち悪い。この蛇は苦手だ。恐ろしい。
 ヴォルデモートはナギニをクローゼットのほうへ誘い、ベッドから遠ざけた。スネイプは視界の端にナギニの姿をとらえながら、ベッド脇にある小さなテーブルへホットチョコレートのカップを置いた。
 部屋は屋敷しもべ妖精たちが掃除を終え、ベッドも綺麗に整えられていた。淡いブラウン系統でまとめられているのはヴォルデモートの趣味とは思えなかったが、どこか陰気さの漂う別邸としては良いチョイスだと思われた。
 部屋は至る所に細やかな配慮がなされていた。カーテンひとつをとっても精緻なレースカーテン、淡く薄い生地の光を遮る程度のカーテン、緞帳とでも呼ぶべき厚くすべての光を遮るカーテンと三重になっている。
作品名:冬の旅 作家名:かける