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冬の旅

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 スネイプは淡いブラウンのカーテンまでを閉めたが、部屋はぼんやりと明るくもう一つ閉めるべきか迷った。少し悩んで半分だけ閉め、振り返ると部屋着に着替えたヴォルデモートがマグカップを手に取ったところだった。
「なんだ?」
「全部閉めますか?」
 いや、これでいいとカップに口をつけながらヴォルデモートは言った。
 クローゼットの前でおとなしくしているナギニからできるだけ離れるようにして部屋を横切り、スネイプはヴォルデモートのそばに寄った。飲み干されたカップを受け取るとなぜか額をピンとはじかれた。
「あっ」
 思わず声を漏らし、右手で額を抑える。ふん、と鼻を鳴らしてヴォルデモートは「もう行け」と言った。
「必ずフレアで騎士団のアジトを見つけてこい。わかっているだろうが失敗という言葉は存在しない。以前のように虫唾が走るような行為は許さない」
 うす暗がりの中で、空気を切り裂くようなきつい口調は整い過ぎた蒼白な顔をさらに際立たせ、近寄りがたいまでの硬質でスネイプを圧倒した。
 ヴォルデモートは一睨みするともう興味を失ったようにニ、三度手を振り、スネイプを追い立てた。それに素直に従って、スネイプは扉に向かった。部屋を出る前にちらりと振り返るとヴォルデモートは背を向けてテーブルの上の時計を触っていた。
「お休みなさい」
 返事はなかったが頷いたのが見え、スネイプは部屋を出た。
 私室に戻り、動きやすい服に着替えた。喉が渇いたのでテーブルに用意されていた水差しから水をグラスにつぎ、椅子に腰かけた。見回した部屋はヴォルデモートの部屋と同じく掃除が済まされており、きれいに整えられている。ここに来てから身の回りのことはすべて屋敷しもべ妖精たちがやってくれるから、やることがない。スネイプは複雑な模様がカッティングされた水差しをぼんやり眺めた。
 いつにも増して具合が悪そうだったあの人はちゃんとベッドに入ったんだろうか。手間取らなければ、戻ってくる頃にはきっとトムになっている。凍りきった緑の瞳が冬から春へと変わる。
 グラスの水を一気に飲み干すとスネイプは立ち上がった。クローゼットからマントを取った。柔らかな手触りのクリーム色のショートマント。トムがあつらえてくれたものだった。
 本当はオレンジ色にしたかったけど、とトムは言っていた。
「困った顔をして欲しくなかったからやめたよ」
 クリーム色のマントを手渡された時点ですでに十分困った顔をしていたスネイプをトムは笑った。
 そのマントを羽織り、杖の調子を確かめて内ポケットにしまった。それから畳んで置かれていた同じ色の皮手袋を手に取った。これもトムにもらったものだった。
 手袋を持つ指が思ったより荒れていないことに気付く。長時間手を洗う癖のあるスネイプの指は冬にはあかぎれるほどひどい状態になる。クリームを塗ってくれる優しい手はないというのに指はかさついてはいるがまだ見られる状態だった。しばらく見つめた後、スネイプは何も考えないようにして手袋をはめ、クローゼットを閉めた。
 フレアで騎士団のアジトを見つけなければいけない。失敗したら今度こそ命はないだろう。自分だけではなくルシウスの命もあやうい。これ以上迷惑をかけたくない。
「ごめんなさい、ルシウス」
 ジェームズとのことを知っていながら、やっかい者の自分を背負い込んだ。その優しさに甘えている。
 ルシウスに申し訳ないとスネイプの胸は痛みを訴えていた。その一方で、ジェームズが絡めば簡単にルシウスを裏切ることも否定できなかった。ずっとこの矛盾に悩まされている。
 スネイプは部屋をぐるりと見回した。白いレースのカーテンの向こうに淡い青空が見える。テーブルの上のグラスが日光に反射していた。ベッドのヘッドボードに置いてある持ち手が七色の羽ペンは寝る前に眺めると不思議と心が落ち着く。秋に拾い集めた見事な紅色の落ち葉を押し花のようにして額に入れ飾るとクリーム色の壁紙が華やかになった。見慣れた部屋だ。早いうちに戻ってきたいと思った。
 ミンスパイを焼こう。懐かしいお菓子を作って気分転換をしよう。バターとドライフルーツをたくさん使って優しい味に仕上げよう。
 そして「おいしいね」と春の瞳ではなく、冷たい氷の瞳が言ってくれたなら。
「それだったらいいのに」
 スネイプは呟いてチェストの一番上の引き出しから頭痛薬の瓶を取り出してテーブルに置き、すべての思いを断ち切るように一息に呪文を唱えて姿くらましした。


 結果として、騎士団の隠れ家はあっけないほど簡単に見つかった。
 無言だったが抱擁で迎えてくれたルシウスとフレアの町で聞き込みを開始して数時間後、噂話をたどっていった先のカトマンズで見つかった。通り向かいはもうフレア地区という場所だ。数人が出入りしていたという一軒家はすでに引き払われた後だった。
 近所の人たちによると引き払ったのはつい最近のことだと言う。もしかしたらまだいるんじゃないかと話す人もいた。常時男女何人かが出入りしていたが住んでいたのは男が一人。何日かその男を見なくなったと思ったら、綺麗な女性がやってきて引っ越す予定だと話したらしい。それは姿形を聞く限り、あの懐かしいリリーに違いなく、騎士団に関係のある場所だという判断を下すに事足りる話だった。
 二人は誰も見ていないことを確認して室内に入り、あちこちを見て回った。ここから去る話をしていただけあって室内は綺麗に片付いていて、書類や写真、騎士団と特定できる何かしらといっためぼしい物は何もなかった。壁紙も綺麗に整えられ、カレンダーをかけていたと思われる一箇所だけ陽に焼けていないのが目立つくらいだった。
 先輩、とスネイプは部屋を見回しながらルシウスに話しかけた。
「どうしますか」
 ここに騎士団は戻ってこないだろう。リリーが何か重要な物を残していくとも思えない。彼女は昔から機転の利くしっかりした女の子だったし、学生時代は才女として知られていた。
 リリー。懐かしい女の子。小さな子供の夏の日、大きな木の下で手をつないだ。目に映る真っ青な空にこのまま時間が止まればいいと心の底から願ったことを忘れるはずもない。あのころ、幸せはリリーの形をしていた。
 スネイプは手を見る。カサカサと粉をふく指先。時は流れ、いつの間にか男の手になっていた。随分遠くへ来た。子供のころ想像していたより幸福は多かった。
 ジェームズ。心で呟くと愛しさが溢れる。あの明るく輝くような性格に照らされて身体の隅々まで愛されて心から愛した。愛を疑う暇もなかったが時々幸福を恐れた。幸せすぎて怖かった。
 懐かしいリリー。懐かしいジェームズ。もう会えない。
 スネイプが物思いから覚めるとルシウスと目があった。
「ありのままにお伝えするしかあるまい。マスターのご機嫌を損なうことになろうが、な」
「はい」
 スネイプはルシウスの灰色の瞳に頷いた。
「腹の打撲はもういいのか」
 気づかれていたかとスネイプは気まずく視線を逸らせて頷いた。身体中に醜い打撲痕がある。中でもつい最近胃の物が逆流するほどひどい蹴られ方をした横腹は広い範囲で紫色に変色していた。まだじくじくと痛み、無意識のうちに手をやっていたのを見られたのだろう。
作品名:冬の旅 作家名:かける