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冬の旅

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「たいしたことはありません」
 視界の端でゆっくりとルシウスが近付いてくるのをいたたまれない気持ちで待った。昔からルシウスにはみっともないところばかり見られる。八つ当たりにしては陰湿な嫌がらせをされた学生時代、幼少時からのことに慣れ切っていたスネイプに『理不尽なことには怒りなさい』と諭し、守ってくれた。やり方はおそらくまずいものだったろうということはうっすらとわかったが、誰も気に留めない中で手を差し伸べてくれたその不器用な優しさにスネイプは感謝していた。無条件に信頼している。敬愛している。うつむいた視線の先にルシウスの靴先が止まった。
 セブルス、と囁かれ軽く抱擁される。ちょうど耳元にルシウスの口元がくる。
「わかっていたことだろう、こうなることは。お前が選んだ道は茨の道だ、お前を傷つける。私にはどうすることもできない。マスターは優しい方ではない。つらくとも耐えなさい。できる限りのことはする」
 腕を見せてごらん、と抱擁を解いてルシウスは優しく言った。素直に差し出された腕の袖をまくりあげるとそこにはみみずばれのように盛り上がった印章がある。その上に右手を置き、ルシウスは小さく呪文を唱えた。数秒して手を離した場所にはタトゥーのように墨で流し込んだような模様があるだけだった。
「ルシウス、このようなことをしては」
 きっとマスターは機嫌を損ねる。気づかうようなスネイプの視線にルシウスは静かに微笑み、気にすることはないと言った。
「私に治せるということはマスターも許してくださっているということだ。お前はいつもおそばにいるのだからマスターのことはわかってきただろう。人には良い面も悪い面もある。マスターが完璧だと言うつもりは私にはない。お前につらくあたっても深く考えてはいけない」
 スネイプは慌てて首を振った。
「ご存知の通り、僕は鈍いし気がきかない。さっき指摘されたようにお腹には打撲痕があります。ちょっとしたことでご機嫌を損ねてしまうんです。僕は殴られ慣れているし、別にひどいとも思いませんし、辛くもありません。それに僕が言うのもおこがましいですけどマスターのことは嫌いじゃありません。時々優しくしてくださいます」
 出かける前に頭痛を催したあの人のベッドを整えようと口にしたら「ナギニがいる」と言った。あのときは気にもしなかったが、あれはたぶん蛇を苦手としていたスネイプを部屋に行かせなくても良いように気をまわしてくれたのだと後から気づいた。もしかしたらあの人は普段からささやかな配慮をみせていたのかもしれない。それにスネイプが気づかないだけで。
「さてもう少し近所の聞き込みをしてから帰るとしようか。私の屋敷でアイスクリームをご馳走しよう」
 スネイプはくすっと笑ってからルシウスのグレーの瞳に頷いた。

 キャラメル味のアイスクリームは口の中で優しくとろけてスネイプを幸せな気持ちにした。甘さもナッツも苦手なルシウスはせめてもと一番シンプルなバニラのアイスクリームを選んだらしく、スネイプの喜びようには嬉しげにしていたが、いざ自分が食すとなるとやはり苦手なようで最初からエスプレッソをかけてしまった。
「ルシウス、無理をしないでコーヒーだけにしたらいいのに」
「いや、たまにはアイスもいいものだ」
「それはアイスというのですか」
 行儀悪くペロリと舐めたスプーンでスネイプはルシウスのカップを指した。ガラスボウルに入れられたスネイプのアイスとは異なり、ルシウスのものはコーヒーカップに入れられてさらにはコーヒーの中で申し訳程度に浮いているだけだ。
「おかわりは?」
 ルシウスはスネイプの問いに答えずに視線を逸らして尋ねた。自分でもアイスクリームと言うには苦しいと認識しているに違いない。スネイプはからかうのをやめて素直に「ください」と大急ぎでアイスを口に放り込んだ。
「ルシウス、マスターにはいつ報告に行きますか」
 魔法を使ってアイスクリームの箱を呼び寄せたルシウスはチラリとスネイプを見て「お茶が終わってからな」と言った。
「騎士団のアジトは見つけられたが引き払った後だった、というのがすべてだ。他に申し上げることもない」
「ええ、ですがそれだけで良いのでしょうか」
 アイスクリームを分ける手を止め、ルシウスは続きを促した。
「えっと、たぶん『いませんでした』だけでは許されないと思うんです」
 どんなことをしても探して来いと言われた。あれはアジトだけの話ではなく、そこにいるはずの騎士団員のことも入っているに違いなかった。
「せめてどこにいるとか、どこに行ったようだとか次につながる何かを提示しないとご機嫌をそこねてしまう」
 軽く頷いてルシウスはアイスクリームを分ける手を動かした。
「確かにな。しかしだいたいの見当はついている。おそらくカトマンズから南に20マイルほど離れたマナリーあたりだろう。開発が進んでいるところだから人口が増えているのに互いは知らない者同士だ。絶好の場所だろう」
 スネイプはにっこりと笑った。心配しなくてもルシウスはきちんとすべてを考えている。やっぱり先輩は頼りになるし安心だ。
「先輩」
「遠慮なく名前で呼べと言っただろう」
 3ヶ月会ってもいなかったのだから当たり前だが久しぶりに笑顔を見た。この控えめな笑顔はルシウスの庇護欲をかきたてる。ガラスボウルをスネイプに差出してから、ルシウスはアイスクリームのふたをしめた。
「先輩」
「なんだ」
 呼びかけられる声には畏怖も卑下する響きもない。ただ単純に誰かに好かれていることがルシウスをなごませた。
「先輩って呼んでみたかっただけです」
「なんだ、それは」
 にこにこと口元を緩ませるスネイプにルシウスは呆れたように肩で息をついてみせたが、まるで小さな子供のように無邪気に慕ってくるスネイプが可愛くてしかたなかった。
 ルシウスは自分が決して「いい人」ではないことを知っている。神経質でちょっとしたことにもイラつき、人を傷つける言動をとることも悪いことと思っておらず、人間関係は面倒くさい。金を持っているから、利用価値があるから、権力を持っているから、と世間では煙たがられる者たちのほうが欲望に忠実で好ましい。
 しかし、犠牲的精神など胡散臭くてかなわないと思っていたがセブルスと接していると、それも「あるのかもしれない」という気になった。現にこうすればよい、ああすればよいとセブルスのことを考えることで何かの見返りを求めているわけではない。一族は何より優先されるべきだったが、例えばもしも一族の鼻つまみ者とセブルスが同時に助けを求めたならばおそらく、いや絶対の確率でセブルスに手を差し伸べる。それは疑うことなく言い切れるし、責められたとしてもそれを退ける自信はあった。
 人の心とはおもしろい。20も半ばを過ぎてからルシウスは言葉では説明できない感情を認知し、学生時代から続くそれを戸惑いつつも密かに楽しんでいた。
「さて、マスターのところへ出かけるか」
 スネイプの空になったガラスボウルを目にしてルシウスは言った。報告は早すぎるのも、遅いのも良くない。ここらへんのさじ加減が難しい。
「私が話すつもりだが、もしかしたらお前が話をするようにマスターはおっしゃるかもしれない」
作品名:冬の旅 作家名:かける