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冬の旅

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「ずっと好きだって言いたかった。でも怖かった。言ってしまったらもう終わりかもしれないって思って、終わりになるよりこのままでいいって思ってしまって、そうするとますます怖くなって本当にどうしていいかわからなかった。喧嘩になるたびにシリウスは後悔しているかもしれないって恐れてた。どうやったら嫌われないだろうってそんなことばかり考えてた」
 震え声で名前を呼ばれ、シリウスははっと気を取り戻した。言われるはずもない言葉が次々に耳に届いて混乱していた。
 いつもささいなことで喧嘩をした。リーマスの優しさにいらいらして、だけど優しくされなくてもいらいらした。誰かと楽しそうに話している姿を見るたびに、なぜ同じことができないのだろうと思った。それと同じくらい強く自分のそばから離したくなくなった。八つ当たりをするたびに萎縮してしまう姿に優しくしたくとも、傍若無人に振る舞ってきたことが後ろめたく、さらにはまったくくだらないことに自分がそんなことをすると考えるだけで恥ずかしさを感じた。
 どんなに贔屓目に見ても自分にジェームズほどの魅力はない。三人で一緒にいることはこれ以上リーマスと気まずくならずに済むという安心感と、もしかしたらリーマスがジェームズを好きになるかもしれないという恐れを同時にシリウスに抱かせた。
 シリウスにとって一番最初の頃の、まだ心に鎧を着ていない頃の純粋な好意だけが拠り所だった。あのころの気持ちをリーマスが忘れていないことを願った。目が合えば体温が上昇し、手が触れれば背筋に電流が走り、薄い唇を眺めては胸を高鳴らせた。瞳を伏せたリーマスのまつ毛の長さにうろたえ、触れた手のすべらかさに息をのみ、薄い唇からのぞく赤い舌から目を逸らした。
 思いもかけず抱き合うようになって有頂天になったのはシリウスだった。手に入れたと思った。恥ずかしがるリーマスが自分の指で舌で身体で蕩けていく様を目にしてシリウス自身も溶けるかと思った。
 シリウスはリーマスが身体を許したことに自惚れた。気づけばどうにも理解しがたい状況に陥っていて、互いに気を遣いつつ気を遣っていないふりをして、よくわからないまま身体を重ねていた。
 それでも抱き合う身体はいつもシリウスを優しく包み、漏れる吐息も声も濡れて熱かった。このときばかりは「求められている」と強烈に感じられた。だからシリウスはセックスが好きだった。
 リーマス、と呟いた声は掠れていた。喉がからからに乾いていた。
「シリウス、聞いて」
 近くから見つめてくる金色の瞳にシリウスは黙った。リーマスの濡れた頬に手をやりたかったが身体が動かなかった。
「キャリックもビリーもロイも、ジョー、エマ、ドーカスもいなくなった。たぶんベンジーも。でもまた誰かいなくなるんだ。シリウス、だから一人で行動するのはやめて。わかるだろ? 好きなんだよ!」
 ドンと胸を叩かれたが、シリウスはひたすらリーマスを見つめていた。今、この時、目の前で奇跡が起きていた。少しでも動いたら夢から覚めてしまうかもしれない。
「シリウスがいなくなったら僕はどうすればいいんだよ。一人でどうやって生きていけって言うんだよ」
 リーマスは顔を伏せ、こらえきれずといった風情で声を上げて泣き出した。涙がぽたぽたとシリウスの服に落ちる。
 そんな、と動揺した声が口から洩れるのをシリウスは聞いた。
「そんな馬鹿な。お前は俺に付き合っていただけだろ? 俺が、俺がお前を離せなくて縛り付けていたんだろ? お前が俺を好きなんて、そんな都合のいいことが」
 シリウスはうろうろと視線をさまよわせた。苦しいほどに胸の鼓動が大きくて肩で息をする。膝の上で顔を覆っているリーマスの細い手首をつかみ、シリウスは顔をあげさせた。言葉を発する前にリーマスの涙でくしゃくしゃになった顔が怒りとも悲しみとつかない表情でシリウスを責めた。
「どうして? どうしてそんなことを言うの? 僕が好きでもない男に黙って抱かれるようなろくでなしだと思ってた?」
「そうじゃない!」
 シリウスは心の底から叫んだ。そうじゃない! そんなこと思ったこともない!
「僕はシリウスみたいに男らしくないよ。身体つきだって貧相だし、顔だって頼りないし。見てよ、この腕だって簡単にシリウスは掴める。でも僕は男なんだよ。男に組み敷かれて喜ぶと思う? はっきり言って屈辱だよ。力の差を感じるし恥ずかしい。でもそれを我慢できるのはシリウスだからだろ! それをそんな、ひどいよ」
 歪めた顔を隠そうともせず、シリウスを睨みつけたリーマスの瞳から絶えることなく涙が零れ落ちる。
「いつも僕だけが好きなんだ。シリウス、お願い、僕のことを好きになって。愛して欲しい。いつになってもいいから、ずっと待ってるから」
 腕を掴まれたまま、しゃくり上げるようにして泣くリーマスをシリウスは力いっぱい抱きしめた。目の前がゆらゆらと揺れる。目が熱くて鼻の奥がツンとする。
「お前、何を・・・、本当に何を言ってるんだ。俺がいつお前を好きじゃないと言ったよ。いや・・・好きと言ったこともなかったか」
 後悔する柄じゃないが、リーマスが絡むとほとんど後悔することばかりだった。
 肩がどんどん濡れていく。声を押し殺して泣き続けるリーマスにシリウスは弱りきった声を出した。
「リーマス、泣くな、頼むよ。お前に泣かれるとどうしていいかわからない」
 髪に何度も口付けていると徐々に身体の震えが収まっていった。くたりと体重を預けてくるリーマスの信頼が心をあたたかくする。思えばリーマスはいつもそばにいた。
「なぁ、リーマス。俺はろくでもない男かもしれないが好きでもない男を抱くほど節操なしじゃない」
 知ってるよな? とシリウスは言い聞かせるようにゆっくりと口にした。
「考えてもみろよ、ホグワーツにいた頃から俺が誰かと噂になったりしたか? お前以外と親密になったことがあるかよ? 俺は嫌われる奴には徹底的に嫌われるくらい偏屈な男だぜ。お前くらいだよ、そばにいてくれるのは」
 こんなに長い間、身体をくっつけあって真面目な話をするのは初めてだった。互いの胸の鼓動が重なっている。ざわざわ騒ぐ心を持て余していて、でもそれを相手に見せなくては先に進めないとわかっていて、身体は密着している。恥ずかしさも頂点だった。リーマスの拗ねたような声も恥ずかしさの裏返しのだろう。
「ジェームズだっている」
「お前な、あいつとお前じゃ全然違うだろ。俺があいつを抱きたいとか思うわけねぇし、怖いこと言うなよ」
 シリウスはリーマスの頭をポンポンと軽くたたいて、大きく深呼吸した。
「あー、なんか言い訳がましいな! かっこ悪ぃ」
 リーマスの肩をそっと掴み身体を離すと、シリウスはリーマスの顔を覗き込んだ。目も鼻も頬も真っ赤にして、前髪さえもくしゃくしゃにしたリーマスはそれでもシリウスの目をまっすぐに見た。その瞳を間近に見返しながらシリウスは思った。お前だけだ、お前だけが擦れた俺の心を揺さぶる。
「リーマス、愛しているよ」
 心から素直になれば生まれてきて一番優しい声が出た。途端に泣き出すリーマスに触れるだけのキスを儀式のように何度も繰り返す。
「もう一生分泣いただろ? なぁ、頼むよ」
作品名:冬の旅 作家名:かける