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冬の旅

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 こんなに泣きじゃくるリーマスなど見たことがない。シリウスはほとほと困ってしまった。どれだけひどい男だったんだ、俺は。
 出会って10年、初めて心を見せ合った。二人して一体何をやっていたんだと呆れるがいつも互いを意識していた。言葉一つ、視線一つに心を乱され喧嘩になった。そして勝手に傷ついた。
 よくよく考えてみれば、リーマスはシリウスにとって初恋だ。恋に免疫のない自意識過剰な少年がどうしていいかもわからず自分だけが好きなのは悔しいと意地を張り続けた結果がシリウスだ。よくリーマスもこんな救いがたい男に付き合ってきたものだ。
 柔らかな感情が心の底から湧きあがり戸惑う。恋に狂ったジェームズを笑ってきたが、もしかしたら立場は逆転するかもしれない。ああ、くそっ、身体が疼く。
 リーマス、と囁いた声はあからさまに欲情にまみれていた。膝の上の身体が欲しかった。温かな場所へ迎え入れて欲しかった。しかし、目もくらむほどの欲情はただ自分だけがリーマスを求めるのではなく、リーマスにも自分を求めて欲しいという強烈な願いが伴っている。
 シリウスはリーマスの頬に流れた涙のあとを舐めた。
「リーマス、お前が欲しい」
 でも、と反応し始めている身体を他人事のように考えながらシリウスは言った。
「お前がその気にならないならこのままでもいい」
 自分のことより相手を優先したい気持ちが強かった。リーマスのことだけを考えて行動することが嬉しい。それに気恥ずかしさを覚え、シリウスは照れ笑いをした。少年のような顔だった。その顔をリーマスはじっと見た。
「シリウス」
 それだけで十分だった。10年前から、一目で互いを気に入ったときから、どんなときも二人は名前を呼びあっていた。声の調子ひとつでわかりたいこともわかりたくないこともわかる。それでも、どんなときもシリウスはリーマスにだけには返事をした。
 シリウスはリーマスを抱いてソファから立ち上がった。胸が痛いほどどきどきしていた。初めてのときより求めているかもしれない、と思った。
 リビングを出て、右に曲がったすぐ奥の部屋が寝室だ。引かれたカーテンの隙間から光が注いでいる。そういえばまだ夕方までにも時間があるのだった。
 リーマスは明るいうちから抱き合うことに抵抗があるはずだった。シリウスはベッドにリーマスをおろして二人並んで座った。キシッとベッドが音を立てる。ほどよく雑然とした部屋は妙に落ち着く。シリウスはリーマスの肩に腕を回し、コテンと頭をぶつけた。
「お前、痩せたな?」
「そうかな。自分ではわからないけど」
「俺の気のせいか?」
 シリウスはリーマスの乱れた前髪を撫で付け、赤く腫れた目尻を撫でた。リーマスの金色の瞳が不思議そうにシリウスを見た。
「しないの?」
 うーん、とシリウスは唸った。
「どうすっかな」
「なぜ?」
「まだ明るいから」
 クスッとリーマスが笑った。そりゃそうだ、いつでも時間など関係なしだったからな、とシリウスは思った。笑われて当然だ。だけど、今日は少し迷う。揺れる心をどう処理していいかわからず、黙ったままリーマスの肩を撫でていた。
 風の音がする。振り子時計が正しく時を刻む音がする。部屋は静かで二人は互いの体温を感じていた。穏やかな時間は二人を無口にさせ、シリウスは充足感に浸っていた。身体の熱も収まり微熱を楽しめるようになってきた頃、リーマスが耳元で囁いた。
「したい、シリウス」
 いつもならば即時に押し倒しているところだった。しかしシリウスはその衝撃にグッと耐え、「ああ」と短く返事をして冷静さを装った。そうしないと暴走してしまいそうだったからだ。いや、確実に暴走する。ようやく静まった身体が一瞬にして昂ぶっていた。
 リーマスが「したい」と口にするなんて明日は嵐じゃ済まない。もう聞くことはないかもしれないと思えばいやがおうにも燃え上がる。
「俺もしたい」
 シリウスは大きく息を吸って熱い息を吐いた。
「でも優しくできそうにない」
 こんなに興奮していたら貪るように身体を求めてしまう。許しを請われても離してやれない。奥の奥まで求めて泣かせるだろう。何より指先から知られてしまうに違いない。すべてを見せろ、すべてを差し出せと狂わんばかりに叫ぶ心の声を。
 リーマスの手がシリウスの腰をそっと抱いた。
「いいよ、ひどくしてもいい」
 その囁き声を聞いた瞬間、今度こそシリウスはリーマスを押し倒していた。見下ろした金色の瞳がうっとりと微笑んだところまでは覚えている。
 二人の長い長い時間の始まりだった。


「おめでとう、シリウス」
 騎士団本部は午前中から始まるはずだった会議に合わせてやってきた多くの団員でごったがえしていた。しかしその誰もが近寄ってこないほど不機嫌な顔を晒しているシリウスに、これ以上なく冷めた口調でジェームズは言った。
「37589回目くらいか? 月に何回、いや週に何回、と言うより一日に何回喧嘩すれば気が済むんだよ」
 ケンカするほど仲が良いって言う言葉にも限度があるぞ、とジェームズは二人から離れて座るリーマスを見ながら呆れた口調を隠さなかった。
「一部では天使のリーマスって言われるあいつを怒らせるのはシリウスくらいだよ、ある意味尊敬するね。早く謝れよ、お前が悪いに決まってるんだから」
「なんで、俺だよ! 決めつけんな! あれほどスープにマイタケは入れるなって言ったのに嫌味のようにドカドカ入れやがって! ふざんけなって話だ」
「ふざけんなっていうのはシリウスだろう。何がマイタケだよ、作ってもらえるだけありがたいと思えなきゃ恋人なんて失格だね」
「誰と誰が恋人だ! そんな話は百万光年先にすっ飛んでるぜ! 俺はマイタケが嫌いなんだ、マッシュルームとエリンギより嫌いだ。というか、キノコが嫌いだ。なんで10年も付き合ってるのにそんなことを知らないんだ! いや知っててやるんだから根性が悪い!」
「シリウスに根性悪いなんて言われたら終わりだよ。死にたくなるね。とにかく馬鹿なことで怒ってるのはシリウス、悪いのもシリウス、全部シリウス! 100対0で決定してる。とにかく謝れってば」
「おい、ジェームズ! お前はどっちの味方なんだ。お前の大嫌いなピーマンをたっぷり入れたスープをスネイプが作ったら黙って飲むのか? 飲むんだな? 男に二言はないな? どうなんだ!」
 勢い良く言い切ってから、シリウスは注目を集め始めていた室内でハッと息をのんだ。ジェームズの海より深い蒼の瞳が静かにシリウスを見ていた。
「僕は飲むよ。今ならピーマンどころか何だって飲む」
 悪かった、とシリウスはジェームズをハグした。本当に悪かった。
「僕に謝れるんならリーマスにも謝れよ」
 ジェームズはポンと背中を叩くとシリウスを促した。今度はおとなしく頷くシリウスにジェームズは「良かったな」と柔らかな笑顔で言った。
「シリウス、好きな人が幸せそうにしていると嬉しいよね。それが自分の言葉だったり行動だったりすると本当に僕まで幸せになる。僕が一番うれしいことの一つだよ」
 ジェームズは穏やかに笑った。それからシリウスの肩をポンと叩いてウインクした。
作品名:冬の旅 作家名:かける