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冬の旅

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「やっと捕まえた恋人だろう、喧嘩している時間がもったいない」
「ああ、そうだな」
 シリウスは珍しく神妙に同意した。どれだけ自分が恵まれているのかわかっている。
「じゃ、謝ってこいよ」
「今すぐにか?」
「二人に話があるんだよ」
 眉を寄せたシリウスにジェームズは「大した話じゃないけど」と軽く言って、シリウスの背中を押した。しぶしぶと言った風情でリーマスの元に向かったシリウスはガバリと潔く頭を下げた。
「リーマス、悪かった」
 テーブルに肘をついて横を向いていたリーマスはチラリとシリウスの顔を見たがまた横を向いてしまった。
「食事を作ってもらって文句を言うのは間違ってた。もう言わないし、また作ってくれ」
「前もそう言った」
 リーマスが下から睨みつけるようにして低い声で言った。前っていつの話だよと思ったが、シリウスはもう一度「悪かった」とだけ言ってリーマスの肩に手を置いた。
「ジェームズが話があるって言ってる。来てくれよ」
 思いのほかあっさりと立ち上がったリーマスは「ジェームズのために行くんだからね」とやれやれと胸をなでおろしたシリウスに釘を刺したのだった。

「リーマス、身体の具合はどう?」
 しごく真面目な顔で問われて、リーマスは茶色い目を瞬かせた。
「なに? 風邪なんてひいてないよ?」
 いやいや、とジェームズは肩を震わせて笑い、「シリウスに無理させられてるんじゃないかと思ってさ」と言って、リーマスの顔を真っ赤にさせた。シリウスは「失礼なヤツだな」とぶつぶつ言っていたが、あたらずとも遠からずなので声高に反論もできない。想いが通じた日から4日、今までの分を取り戻すかのように二人はひたすら互いを求め合い、ようやく今朝騎士団本部に顔を見せたのだった。
「ちょ、ちょっとジェームズ、ここでそんな話やめて」
 正直に言うとだるい身体はシリウスに口づけられなかった場所はない。終わらない快感が辛くて泣き出したリーマスをそれでもシリウスは離さなかった。おかげで何度も気が遠のき、ろくに記憶もない。口移しで水を飲まされ、意識が戻るとまた身体を揺らされた。
 優しくできないと言った通り、優しくはなかった。激しかったし、苦しくても許されなかった。それでも精一杯優しくしようとする気持ちが伝わり、そのことが嬉しくていつもより感じた。胸からあふれる愛しさは喘ぎとともに無数の告白となって口からほとばしった。
 一日の半分以上シリウスを受け入れて、残りの半分近くは力強い腕の中に囲われた。用を足す以外は離されず、食事、入浴でさえ一人ではなかった。信じられないほどシリウスは情熱的で、その熱に浮かされたリーマスはなぜか止まらない涙に濡れた。今も身体の奥底が熱い。今日だって事に及ぼうとするシリウスを無理やり引っぱがしたのだ。その後で『キノコ事件』があったのだけれども。
 ジェームズがすべてを知っているわけではないとわかっていても、ある程度は予測されていると思うと恥ずかしくこの場から逃げ出したい。
「ごめん、リーマス。でも嬉しいんだ、二人がうまくいっててさ」
 他意のない素直な言葉を受け入れつつもやっぱり恥ずかしくて話を変える。少し早口になった。
「うん、ありがとう。ジェームズ、珍しいね、メガネ」
 今朝見かけたときから気になっていたことをリーマスは口にした。時々メガネをかけた姿を目にしていたけれども、それはいつも嫌々使用していることがわかるほどだった。ジェームズは鼻の上に異物が乗っかるというのが気に入らない。
「ああ、なんだか最近、視力が下がった気がするから」
 肩をすくめて答えるジェームズにリーマスは軽く頷いた。
「そうなんだ。ところで話って何?」
 チラッと部屋を見回してから、ジェームズは2階へ行こうと言った。
 確かにスネイプの話が出たり、シリウスがリーマスに頭を下げたり、リーマスが挙動不審になったりしていたら、いらない注目を集めて無駄に聞き耳をたてられる。とりたてて聞かれて困ることもないが気分の良いものでもない。第一にジェームズは目立つし、シリウスとリーマスが揃えばさらに注目される。
 階段を上りながらジェームズは『本当に大した話じゃないんだけどね』と部屋を移動することを断った。2階の奥まった小部屋に入り、ソファに深々と座った。四角いローテーブルを真ん中にジェームズとシリウスが向かい合い、リーマスはドアを背にして座った。この部屋はジェームズのお気に入りだった。スネイプの部屋にあるものと同じ白い革張りの小さなソファがあるからだ。
 つらくないのかな、とリーマスは考える。スネイプを思い出させるものはジェームズを苦しめないのだろうか。自分なら、とシリウスをチラリと見て安堵のため息をつく。大丈夫、シリウスはここにいる。
 自分ならつらくて目を背ける。何も見たくなくなる。そして後を追うだろう。数日前に口にした言葉は本当だ。シリウスがいないなら生きていけやしない。ただでさえ獣に姿を変えてしまう忌まわしい身体を抱えているというのに。
 しかし、数か月前までのジェームズも世界を拒絶していたと思い当った。荒れ狂い、打ちひしがれていた。今目の前にいるジェームズはそれを感じさせない。いつも通り蒼い瞳は穏やかだった。
 ジェームズは強い。誰の手も借りず一人で立ち直った。誰もが無条件で自分より上だと、従うべき人だとジェームズを認めている。リーマスだってそうだ。けれども、ジェームズはまだ自分と同じ20歳だと思えば頼りにし過ぎだということは明白で、同時に申し訳ないとも思う。
 ジェームズに相談すればいいという拠り所があるのとないのとでは大きな差がある。問題を丸投げして回答を得る行為となんら変わりはない。誰もがすがるような目をしてジェームズを見ている。僕らはそれができる。だけど、ジェームズは何を拠り所にして誰に相談するんだろう。スネイプの部屋で何を考えて一人の時間を過ごしているんだろう。
 うつうつと考えるリーマスの前でジェームズはいつものごとく穏やかに話を切り出した。
「今朝エメリーンが言ってた会議のことだけど」
「出ないってんだろ」
 ジェームズの言葉にかぶせるようにしてシリウスが言った。アラスターを含めた数人の年長者の都合で10時からの会議は夕方4時に変更されていた。
「お前が半日しか本部にいないってのはいつものことだしな。まぁいい、今日は俺が話すだけだろうし」
 今日の会議は先日シリウスが確認しに行ったカトマンズのアジトについての報告を兼ねていた。前回の会議から4日しか経っていないことや会議までに時間があるにもかかわらず、いつもより本部に人が多いのはそれだけ皆に危機感があるということなのだろう。
「お前には今から話すか?」
「いや、いい。もうすぐ昼だろう。昼食は母ととると約束してるんだ」
 ジェームズが腕時計に目をやりつつ肩をすくめて言うのをリーマスは微笑ましく聞いた。ジェームズと両親の関係は良好だ。大事な一人息子だろうに騎士団の活動に注文をつけたこともないし、ジェームズがスネイプのことで塞ぎこんだときも余計な手を出さず温かく見守っていた。
 リーマスはジェームズの母親・ドレアと気が合い、訪ねていくといつも歓待されていた。
作品名:冬の旅 作家名:かける