冬の旅
「ドレアは元気?」
「元気だよ。リーマスに会いたがってる。最近アップルパイばかり作ってるんだ。ジャムならまだしも甘い物が苦手な僕には拷問だよ。それなのに僕の反応が悪いとか文句を言われるんだ、たまらないよ」
ドレアは料理好きで特にお茶菓子を好んで作るのだがポッター家の男性陣は揃って甘い物が苦手だった。クッキーでさえ塩味にしてくれというくらいだ。比較的甘い物が好きなリーマスはジェームズが家から持ってくる大量の「おすそわけ」をもらったり、ドレアにお茶に呼ばれたりして可愛がってもらっている。外見も態度もソフトなリーマスは母親世代にとても受けが良かった。
「アップルパイ! いいね。僕大好きだよ」
本当に来てくれ、と手を取らんばかりに真面目に言われてリーマスは声を上げて笑った。
「ドレアは何かにハマるとそればかりってところがあるからね。ジェームズも大変、かな?」
「かな? じゃない。大変なんだ。今日の昼食もアップルパイを作らない約束で家族で食事になったんだ。こんなご時世だから最近外食していなかったしさ」
「へぇ、どこに行くの?」
リーマスの言葉にジェームズは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「カーレンダーさ」
「あそこ、まだやってたんだ。って、デザートメニューの豊富さがウリのレストランじゃない」
そうだよ、とジェームズはげんなりした顔で頷いた。
「そのうえ、もうすぐ閉店するとかでデザート食べ放題メニューができたんだ。もちろん母はそれを予約した、3人分ね」
それは、と口にしたままリーマスは次になんと言おうか言葉を探しあぐねた。
「まぁいいさ。食事はまともなものがあるし、デザートを食べなければいいんだから。あそこのストロベリーケーキを見たことあるかい? あれは凶器だよ、他の店の3倍の大きさはあるんだから」
「それが人気なんだよ、お得だって」
「知ってる。セブルスも甘いものが結構好きでさ、何回かシュークリームを買いに行ったときに見た」
「一緒に?」
何気なくスネイプの名前がジェームズの口から出たことに驚きながらもリーマスはそこに反応せずに尋ねる。思った通り、ジェームズはもちろん、と爽やかな笑顔で頷いた。
「僕らにも小さな問題はいろいろあったけどね、本当に素敵な日々だった。戻れたらいいなと思うよ」
ジェームズの言い方にリーマスは少しひっかかりを覚えたが、それを口にしなかった。ジェームズがスネイプのことについて話すことはもともとほとんどなかったことに加え、騎士団に復帰して後は全くなかったから少しでも話を聞きたいというのが理由だ。学生時代からジェームズの近くにいてもスネイプの詳しいことはほとんど知らない。
「お前が今日の会議に出ないことはわかった。ただそれだけを言うために俺らを呼んだんじゃないだろ?」
ジェームズとリーマスのたわいない世間話が一段落ついたところでシリウスが口を開いた。
「さすがシリウス、よくわかってる」
おどけたようにジェームズは眉を上げて笑った。それを嫌そうに眺めて、シリウスは「どうせやっかいなことを言うんだろ」と舌打ちをした。
「信用ないな。やっかいなことでも面倒なことでもないよ。頼みがあるんだ」
「やっぱり面倒なことだな」
「聞く前からそう言うなよ」
「いいか、ジェームズ。お前がもったいつけて言うときはたいてい面倒事って決まってんだ。これまでの言動を顧みてみろ」
ろくなことがない、とシリウスはぶつぶつ言ったがこれは諦めている証拠だ。
「案外根に持つな、ねぇリーマス」
ひょいと眉を上げて同意を求めるジェームズにリーマスは頷いた。
「マイタケ1個でぐちぐち言う男だからね」
「ワオ! リーマス、いいね。そうそうシリウスにはもっと厳しくするべきなんだよ。キノコごときで怒るなんてさ。リーマスに愛されてるからっていい気になってるんだから」
「うるせぇな。ったく、なんなんだ。早く言えよ」
からかわれてムッとしたシリウスは話を促し、リーマスは赤くなる顔を隠すように下を向いた。
「はいはい。今日の午後もそうなんだけど数日留守にするつもりなんだ」
「は? お前今がどんな時かわかってんのか? カトマンズがバレた以上ほかのところも確認しないとまずいぞ。それをやるのはお前だろ」
シリウスが噛みついた。それももっともだった。リリーがカトマンズからマナリーに向かったということはマナリーもかなり危ないということだ。リリーの判断についてシリウスは信頼している。あの女の読みは冴えているし頭もいい。スピードが勝負だ。キャリーロードもアウトだろうしマナリーの他も引き払えるところは引き払いたい。それを統率するのはジェームズでなければいけない。手足となって働くのは若い奴と決まってんだから。
「そんなにカッカするなよ。すでに他の拠点の調査も始めてる。それに数日のことだよ、週明けには顔を出す。僕に時間をくれないか」
即座に反論しようとするシリウスより早くリーマスは口を開いた。ぐずぐずしていると口を挟む隙さえなくなって口論に発展すると容易に想像できる。
「頼りすぎだってことはわかってるんだ、ジェームズ。僕たちにジェームズくらいの信頼があればいいんだけどなかなかね。こんなことを言うくらいなんだから相当重要な用事なんだろうけど少しだけでも理由を話してくれない?」
甘いんだよ、リーマスはとシリウスは独り言にしては大きな声で言った。これはジェームズに聞かせるためだろう。
「リーマスはいつも優しいな。ああ、これは本当に誉めてるんだから誤解しないで」
優柔不断と称される性格をリーマスはあまり好きではなく、思わず眉をひそめた表情をジェームズが目にしたのだろう。ジェームズの目はとても優しくて、それなのにリーマスはなぜだか悲しくなった。
「勝手をさせてもらうからには少しは説明が必要だよね」と前置きをしたジェームズが本当はあまり話したくないのだろうことはなんとなく雰囲気でわかった。
「去年の今頃、僕がゴドリックで家を探していたことは知っているだろう?」
無言で頷いた二人を確認してジェームズは話を進めた。
「実は春先には1軒押さえていたんだ。結局契約することはなかったけどね。それで先日ダメ元で聞いてみたんだ、あの時の家はまだ空いてるかって」
「あのな、意味がわからない。契約することはなかった。『それで』もう一度聞いてみた。なんで今頃聞くんだ」
「家を借りるためさ」
「何のために」
「両親をゴドリックに移そうと思って」
すんなり答えるジェームズをリーマスは不思議な思いで見つめた。受け答えにおかしいところはない。両親を心配する気持ちも特に目立つ立場を考えればもっと早く転居を考えていても良かったかもしれない。話す表情も落ち着いている。けれどもなぜか違和感がぬぐえない。
「お袋さんたちは知ってんのか」
あっさりと内情を話したジェームズに毒気を抜かれた形になったシリウスは大きくため息をついてソファの背にもたれた。