二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

冬の旅

INDEX|8ページ/75ページ|

次のページ前のページ
 

 まぶしいほどの太陽が昇り始め、家々を明るい光で照らし出していた。不安なことなど何もない平凡で、のどかな風景だった。どこかで鳥の鳴き声がする。ピィーッ、ピィーッと。
「これからどこへ行くのですか?」
 スネイプの問いへの答えはまたしても沈黙だった。
 そういえばこの人は何か気に入らないことがあると黙るのだとスネイプは思い出した。学生時代、ルシウスは機嫌の悪いときは一日中喋らなかった。周りの友人たちが気を遣うのにも知らんぷりだった。スネイプも口数の多い方ではない。二人で陰気くさく黙ったまま半日も椅子に座り続けていたことがある。
「先輩に会えるなんて思わなかった」
 相変わらず返事はないがかまわずに続けた。
「学生時代にいただいた羽ペンはとても綺麗で、もったいなくて使えなかった。ちょっと前まで飾っていたんです。ほら、その本棚のところに。今度も持っていこうと思ってかばんに入れてあります」
 スネイプの一番のお気に入りは瑠璃色の羽ペンだった。羽の上に小さく複雑な模様がガラス玉でデザインされており光の加減でキラキラと輝く。ベースは青なのに、羽の傾け具合で青の上に赤や緑が鮮やかに浮き上がった。
 これほどに繊細な造りは誰の目にも名工のものであることは明らかだった。それを何も言わずに無造作に置いていくことに戸惑いもしたが、差し出したものを決して引っ込めることはしないルシウスに何を言っても無駄なことはわかっていた。
『銀色が好きなんです』と何気なく言ってみたら、本当に持ってきて驚いた。そのときも言葉はなく、ルシウスが帰ってから机の上にぽつんと置いてあるのに気づいたのだった。
「先輩、朝ご飯は召し上がりましたか? 卵とベーコンならあるので簡単に作りますけど」
 お腹が空いているわけじゃない。とりたててルシウスを気遣ったわけでもない。この部屋から去り難かった。未練という名の淡いベールが体中をすっぽり覆っているようだった。とっくに諦めているのにわずかばかりの抵抗をしている。
 キッチンに向かい2、3歩踏み出したところで、ルシウスが声を発した。
「なぜ騎士団に入らなかった」
 意外な言葉だった。思わずルシウスを振り返ったが、先ほどから微動だにせず窓の外を眺めている。このときになってスネイプはまじまじとルシウスの横顔を見た。
 20代半ばを迎えたルシウスはもともとあった大人びた雰囲気が年齢に追いついていた。それでも同年代より落ち着きがあるように見える。学生時代の評判は良いとは言えなかったが、グレーの瞳の奥に思慮深さが隠されていることをスネイプは知っていた。
「・・・・・・僕は臆病だし、怖い目に合うのはごめんです。それにあそこには苦手な人ばかりがいる」
 スネイプは緩く首を振った。
「天秤にかけました。隠れるか庇護されるか」
「あの方は庇護などしない」
「わかります。でも強いほうについたら、それは庇護されていると同じです」
 ルシウスは明らかにスネイプを歓迎しておらず、口調もきつかった。
「先輩だってあの人の味方をしているじゃないですか。ご家族の方も?」
 マルフォイ家はブラック家には及ばずとも魔法界屈指の純血一族としてその名が広く知られていた。彼らの動向は魔法界を左右する。もう一つの大名家であるロングボトム家、家格はぐっと落ちるがウィーズリー家は騎士団側につくことを公表しており、近い将来、魔法界は二分されるだろう。状勢を見極めているどっちつかずの魔法使いが多々いるのも事実だが、やがては態度を決めざるを得ない。それほどまでに緊迫した状況が迫りつつあった。
「マルフォイ家はあの方に味方する。総意だ」
 ルシウスの右手の指にマルフォイ家の紋章をかたどった指輪が嵌っていた。
「・・・・・・家督を継がれたんですか」
「去年な」
「それはおめでとうございます。立派なご家系ですから苦労も多いでしょう」
 魔法界に多大な影響を持っている名家の当主ともなれば気楽にしてはいられない。当主の出来に一族の未来がかかっている。
「窮屈なものだ。だが悪くはない」
 そののち、ルシウスはまたしてもスネイプがどんなに話しかけても口を開かなくなった。態度が軟化したと思っていたスネイプはとまどいながら朝食の準備をした。
 簡単な食事をテーブルに並べ、トースターがチンと音を立てたときには6時半をまわっていた。
 パリパリに焼いたベーコンの上に軟らかめに仕上げたスクランブルエッグ、ケールと人参をさっと炒めたもの、キャンディチーズを2個、たっぷりのバターを挟んで焼いたマフィンをワンプレートにまとめた。
 保温器に置いていた耐熱グラスのコーヒーを自分のマグカップに入れ、代わりに新しく点てなおしたコーヒーを耐熱グラスにいれて保温器に置いた。
「できましたよ」
 テーブルにマグカップを置きながら声をかけたが、ルシウスは彫刻にでもなったかのように身じろぎもしなかった。スネイプは息を吐いた。こうなるとルシウスはてこでも動かない。何がそんなに気に入らないのか。
「先輩、せっかく作ったので食べてもらえませんか。それとも食べて来られたんですか」
 ルシウスはゆっくりと振り向き、スネイプに向き直った。じっと見つめるその視線は思いがけないほど強くスネイプの瞳を射抜いた。
「あの方は全部ご存知だ」
「え・・・・・・」
「お前は誰よりも忠誠を求められる。半端な覚悟なら甘い。あの方は容赦などしない」
 スネイプはじっとルシウスを見つめ返した。
 この腕に印がなくとも、あの人が現れたときから運命は決まっている。後悔しているのかしていないのか、自分でもよくわからない。ただ、蒼い瞳を守るためならどうなってもかまわない。それだけが確かなことだった。
 ルシウスはチッと舌打ちをした。顔が歪んでいた。
「どうしていつも自分を諦める!」
 激しい口調でスネイプを罵り、窓枠にこぶしを力任せにたたきつけた。窓ガラスがビリビリ震えるほどの音はスネイプの身体をビクリと竦ますには十分な大きさだった。
 長く重苦しい沈黙の後、ルシウスはつぶやくように言った。
「馬鹿なことを」
 そこでようやくスネイプは、気に入らないんじゃない、ルシウスはずっと怒っていたのだと気づいたのだった。窓枠にたたきつけたこぶしが震えていた。
 まぶしいほどの朝日が差し込む部屋で二人は黙ったままうなだれた。


 ジェームズは全速力で走っていた。
 騎士団でのミーティングは思いのほか長引き、時計はとっくに10時を回り、そろそろ11時になろうとしていた。
 まったくなんだってこんな日に。
 今が大変なときだとわかっていても、ジェームズは思わずにはいられなかった。
 きらきら輝く真っ黒な瞳がまっすぐ自分を見つめて夢見るように「どこか行きたいな」と言ってくれた。そんなことを言われたら「どこにでも行くよ」と心が飛び跳ねるのは当たり前のことだった。それでも「ゴドリックの谷」なんて言う自分は計算高いんだろうか。
作品名:冬の旅 作家名:かける