無傷の11月26日
公園の時計が闇に包まれ七時半を指した。
砂を踏むような足音に顔を上げる。
「何でここにいんだよ。」
ぶっきらぼうな物言い。それに負けじと息を吸って言い返した。
「何でここにいるんですか。」
暗がりから白い光の下に出てきた瑛は昨日と同じ、制服姿だった。
大股で距離を詰め、あっという間に半歩程の距離に立つ。
見下ろされて後ずさりそうになる足を叱咤した。
「サッカー辞めるんだろ。ボールまで持って何しに来た。」
足元のボールを容易く奪われる。
がっちり踏みつけられたボールに視線を落とす。
「何で、ここに来たんですか。」
昨晩の冷たい目が脳裏をよぎる。じっとり汗をかいて首がひやりとした。
「ここで何してたって、鷹匠さんには関係ないじゃないですかっ」
胸ぐらを掴み上げられて息を飲んだ。視線に射抜かれる。咄嗟に額を押さえて目を瞑った。
「………フッ」
笑う呼吸が聞こえて額の手を緩め薄く目を開いた。その途端に眉間をデコピンが襲う。
「痛っ!」
「名前、」
「え…?」
「訊いてなかっただろ。」
ポカンとして顔を見つめると、すぐに眉間にシワを寄せて急き立てる。
「名前訊いてんだよ。早く言え!」
「え、えっと、あ…」
答えかけたその時、兄の顔が頭を掠めた。
「駆です。」
声が小さい。また脅かしすぎただろうか。少しだけ反省する。
「苗字は」
「えっと、…中塚」
「そうか」
中塚。聞き覚えがない。もしかしたら何かしらの接点があったのではないかと考えもしたが、名前を聞いてもピンとこない。顔にも見覚えはなかった。
気になったのはやっぱり“嗅覚”だけだったのだろうか。
「あの、今日はそのためだけに…?」
遠慮がちに駆が言う。目的は確かに果たされたが、これで帰るのも面白くない。
「今日も一人で遊具相手に練習するつもりならちょっと相手してやる。」
「は、」
駆の返事も待たずにゴールに向かってドリブルを開始した。ゴールは昨日と同じ塀だ。あっという間に一度ゴールして跳ね返ってきたボールを足元で留める。
「ボサっとしてるうちに一点入っちまっただろ。」
「そんな、ズルい!」
身を翻して向かってくる。ぐずぐずと喋っているときの顔にはイライラするが、ボールを奪いに向かってくる、その瞬間の顔は嫌いじゃない。心なしか昨日よりも肩の力が抜けているように見えた。
身長も跳躍力も劣っているクセに跳ね上がったハイボールを競り合い、押し負けて転がってもすぐに立ち上がり追いすがってくる。
瑛が十回目のゴールを果たして振り返ると、振り回されっぱなしだった駆はうなだれて肩を上下させていた。
「もう終わりか」
高い目線から見下ろして言えば熱のこもった視線を返してくる。
サッカーを辞める、諦めると決めてこぼした涙が嘘だったのではないかと思うほどに。
「まだです!」
瑛の切れ長の目元が柔らかく細められ、十一回目のゴールに向けて駆け出した。