Shadow of HERO
「仕方ねぇだろ、立ち合っちまったんだから。」
「……?」
ヒーロースーツを会社に置いた後、バーナビーは通りかかった扉から聞こえた声に首を傾げた。聞き覚えのない声なのだが…どこかで聞いたことがあるような気もする。
「文句は会った時に言って下さい!」
扉が開いて、電話を手にした女性が出てきた。ハタと目が合う。先に口を開いたのはバーナビーの方だった。
「すみません、立ち聞きするつもりはなかったのですが。」
「お、おお。いや、こっちこそ大声で叫んでたからな、気になっても仕方ないさ。えっと…もしかしてバーナビー・ブルックスJr.か…?」
「はい。」
肯定すると、女性は「マジか…!」と呟いて、己をまじまじと見つめてきた。素顔を晒していると、こういった反応をされることがよくある。バーナビーは営業スマイルを浮かべたまま女性を観察した。
黒髪のショートカットに琥珀色の瞳、日に焼けた肌に日系と思われる顔立ち。どれをとってもバーナビーの知り合いとは一致しないのだが…やはり、声には聞き覚えがある。それもつい最近。
そこで先程の事件のことを思い出した。
「あの、違っていたらすみません。さっきデパートの立て篭もり事件に居合わせませんでしたか…?」
「!!」
女性の反応はとても分かりやすいものだった。
「どこかで聞いた声だと思っていたのですが、やはりそうですか。」
「ア、アハハハ…いやー、ビビってたら逃げ遅れちまってね…」
「それは災難でしたね。」
本当にそうだろうか…とバーナビーは疑問に思った。
一般人がああいった状況で体が動かなくなり逃げ遅れることはある。しかし、ならばあんな風に的確に動きを指示できるだろうか。
「そ、それよりもさ!あのボウズ大丈夫だったか?」
「人質のことですか?ええ、お陰さまで何ともありませんでした。」
「そっか、良かった良かった!………お前さ、もう少し周りに気を配ってやれよな。」
「は?」
突然何を言い出すんだ、この人は。
「犯人の懐に飛び込む前に、人質と目を合わせてちょっと頷いて安心させるとかさ。あんな目に遭ったんだ、命が助かったってPTSDとか発症するかもしれねぇだろ。ちょっとでもそれが軽くなるようにさ。」
「そんなことしたら犯人が警戒するでしょう。」
「能力で一瞬で近付けちまうんだし、いけるだろ。」
「………」
「あとよ、もうちっとヒーロー同士で協力すればいいと思うんだよな。そうすりゃあんな風に膠着状態にならないんじゃね?」
女性の話に、だんだんと苛立つのを感じた。
彼女の話は幼稚で現実的でないものばかりだ。人質とジェスチャーして犯人が動き出すことも、ヒーロー同士が協力することも、ポイントが減るだけじゃないか。ヒーローは慈善活動じゃない、一職業であり競争だって当然存在する。
「まぁ、お前一人に言うことじゃねぇかもしれないけど」
「いい加減にして下さい!」
「!」
「さっきから聞いてれば…あなたの言ってることは理想論です。あなたがどの程度ヒーローについて知ってるかは知りませんが、僕達の世界はポイントが全てなんですよ。」
こんな風に言ったら失望されるだろうか。したって構わないと思った。彼女一人に失望されたところで、己の動きに支障はないのだから。
「仕事があるので失礼します。」
彼女が何か言ってくる前に、バーナビーは身を翻した。
(何なんだ、あの人は。いい歳してアホらしい。)
そういえば立て篭もり事件でのことを聞けていなかったなと思ったが、どうでもいいかと脳内から捨て去ることにした。
作品名:Shadow of HERO 作家名:クラウン