きょうも、あしたも、そのさきも、きみと
「……………あいつは、ちゃんと、約束守ったんだな」
「………ん?」
看病を始めてしばらく経った頃、ゾロがおもむろに口を開いた。唐突な話についていけずサンジは首を傾げたが、ゾロは構わずに自分の話を続ける。
「まさか、敵が律儀に約束を守ってくれるとは、思わなかったぜ…」
「…………………………」
あの時の話か、とサンジは体を強張らせた。状況が、光景が、感情が思い出されて、背中に嫌な汗が流れるような感じがした。この話は、まだしたくない。今すれば余計なことを言ってしまう自信がサンジにはあった。こんな状態のゾロに向かって、自分の感情を制御できずぶつけるのは避けたい。反応したくなかったが、無視するわけにもいかず、サンジは適当に相槌を返した。
「あいつは何者だったんだ…なぜおれたちを潰しにきた…」
「………おい」
「まあ、次会ったときゃ借り返させてもらうが…」
「………おい、もう寝ろてめェ」
「…何にせよ、あの場で首切られなかったのが幸いだな…切られてたら、さすがのおれでも今、生きてなかったかもしれねェ…」
プツンと、何かが切れたような音がした。
塞き止められていた土砂が流れるように、サンジの口から渦巻いていた感情が勢いよく流れ出す。
「てめェいい加減にしやがれ!!!ひとりで無茶苦茶しやがって…!首切られてなかったのが幸いだァ…?そんなもんはどっちでも一緒なんだよ!あと一歩でてめェは死んでたんだぞ!いいか!死んでたんだ!!!」
頭の片隅で良心がやめろと囁いたような気がしたが、サンジはもう止まらなかった。
「いくら一味の危機とはいえてめェの命簡単に捧げるようなマネしやがって…!俺はあの時言ったよな!てめェの野望はどうしたと…!てめェの野望はそんなに簡単に諦められるようなものなのか!?あんときゃ余計なマネしやがって…!俺みたいなクルー庇って、てめェの野望危うく潰すようなマネしやがって…!!!そんなんで大剣豪になりてェだァ!?ふざけんじゃねェ!!!」
そこまで一気に言いきると、サンジは声が詰まって何も言えなくなった。いつの間にかぼろぼろ泣いていた。それが感情の高ぶりからからくるものなのか、もっと別の理由からくるものなのか、自分でもはっきりとはわからなかった。
「………なんだ…テメェ………」
突然のサンジの豹変に、ゾロは体の痛みも熱さも忘れて思わず起き上がる。
「黙って聞いてりゃ言いたい放題…おれの野望にてめェは何の関係がある、おれの野望はおれの野望、てめェにゃ関係ねェ…優先順位はおれが決める」
ゾロの言葉に、サンジはピクリと体を震わせ、顔を上げてゾロを睨みつける。
「そんなことを言ってんじゃねェんだよ!てめェは大剣豪になるんだろうが!バラティエで泣いて誓ってたじゃねェか!おれはしっかり見てたんだ!あの泣いてまでの誓いは何だったんだよ!そんな簡単に諦められるようなもんなのかてめェの野望ってのは!もっと貪欲になれって言ってんだよ!てめェの野望叶えるためなら、船長でも航海士でもなんでもない、コックみてェな替えのきくクルーの、おれひとり見殺しにするくらい…!!!」
サンジの言葉に、今度はゾロがピクリと体を震わせて、サンジの腕を掴んで話を中断させる。
「てめェ何熱くなってんだ落ち着け!何言ってやがる…!俺は貪欲だから仲間も守って、大剣豪にもなるんだ、俺は死ななかったろうが…!てめェまさかおれがこうなったのは自分のせいだとでも思ってんじゃねェだろうな、自分のせいでおれが死ぬとこだったと…!そうじゃねェだろ頭冷やせ!運悪く七武海に連続で当たっちまっただけだ、誰のせいでもねェ…だいたいこんなことくらいで死んでいるようじゃ、最初っから大剣豪になる資格なんておれにはねェんだよ。こんな窮地でもおれは生きてた、ルフィも、みんなも、てめェも、生きてた。おれは何も失っちゃいねェ。もっともっと強くなって、おれは今度はあいつに勝つ。大剣豪にもなる。何か問題でもあるのか」
ゾロの言葉を黙って聞いていたサンジは、ぐすぐすと鼻を鳴らして、また涙をこぼし始めた。先ほどよりは落ち着いたようだが、まだ何か言いたそうにゾロを睨むように見つめている。ゾロは、何だよ、と静かに問いかけた。
「違う、そういうことじゃねェんだ………おれは、どういうわけだかお前のことが…お前の野望が…すげェ大事なんだ、大事になっちまってたんだ、あの時、バラティエでお前を見てからずっと…!あんな状況で、てめェの野望だなんだと言ってる場合じゃねェことくらい、おれにだってよく分かってる…でも、理屈じゃねェんだ…!おれには何よりもお前が、お前の野望が大事だから…!だからおれは守りたいと思った、大事なものを…!それなのにお前はおれなんかを庇いやがって…!目が覚めてお前の姿が見えなくて、おれがあの時どんな気持ちでお前を探したと思ってるこのクソ野郎が…!大剣豪になりてェんなら、こんな無茶ばっかしねェでもっと自分を大事にしろよ!今回のことだけじゃねェぞ、毎度毎度見ていられねェんだよ大怪我ばっかりしやがって、危なっかしくてよ…!」
そこまで言うと、サンジはまた声を詰まらせた。
とうとう言ってしまった。確信的な一言は言わなかったものの、ここまで言ってしまえばどんなに鈍い奴でも向けられている感情の察しがつくだろう。サンジは、こいつが馬鹿なことを言いやがるからだ、と心中で言い訳を繰り返した。生きてなかったかもしれねェなんて、馬鹿なことを言いやがるから。その言葉に、固めていた決意はあっさりと崩れた。言うか言うまいか悩んだ時間も、隠した恋心に苦しんできた時間も、全て無駄だ。こうなったらもうどうにでもなれと、次々に溢れてくる涙を両手で押さえながら、サンジはゾロの言葉を待った。
作品名:きょうも、あしたも、そのさきも、きみと 作家名:ルーク