龍と鬼と邪と祭り
「……逃げるのか?」
「はは、まさか」
にやり、と天龍。にこにこしたまま鬼道。
「え?えぇ?ちょっ……何言ってんだよお前等はっ!?」
殆ど賞品扱いになった横島を置いてけぼりに、話は進み。
「ならば、勝負じゃ!!」
「……負けへんよ?」
「ちょっとぉぉっ!?」
話は決まった。
輪投げ三回勝負。
「……よし。あれじゃ!!あれを、引っ掛かる事も無く、ダイレクトで輪の中に入れた方の勝ちじゃ!!」
「……ええトコつくなぁ」
輪の大きさギリギリの、なんだかよく解らないキャラクターの、手の平サイズのマスコット人形。
質感からいって、貯金箱っぽい。安っぽいプラスチック製の物だ。
しかし、この勝負、物自体に意味は無い。
「交互に投げ合うサドンデス方式じゃ!!どちらかが入れればそれまで!!……まぁ、余が一発で入れるがな!!」
激しく火花を散らせる天龍と。
「……さぁ、それはどうやろな?」
穏やかに見えてきっちり受け、返している鬼道に。
「……おまいら……」
横島は肩を落とし、力無く溜息を吐くのだった。
ジャンケンの結果、先攻は天龍童子。
「いくぞぉぉっ!!」
集中し、気合いを込め──投射!!……したのだが。
「あ”」
すぽーんっ、と見事な迄に明後日の方向へとすっぽぬけた。
「の”ぉぉっ!!」
「あー。力入りすぎたんやなー」
「あーあ」
「ぐぬぅぅっ……!!」
だんだんっと悔し気に土を踏み鳴らす天龍に苦笑しながら、鬼道が位置に付く。
「ほな、いくでー」
軽く言うが、構え、見据える瞳は真剣だ。
腰を落とし、気合いを溜め────投げる瞬間に。
「おおっ、手が滑ったっ!!」
「うおっ!?」
「ってオイー!?」
竜王家の力、棒読みと共に無造作に発動。
バックに竜が浮かんでいるのは、流石と言うべきか呆れるべきか。
すんでの所でかわした鬼道だが、投げた輪はあらぬ方向へと飛んでいき、地面へと落ちていた。
「……ってこんな所で!!っつーかこんな事で神通力なんぞ使うなよお前はーーー!!」
「何を言う!!これは勝負なのじゃ!!勝てば官軍なのじゃーーー!!」
わはははっと高笑いをかます天龍に引き攣る横島。
「だっ、誰だ!?コイツにこんな事教えたアホはっ!?……って鬼道!!大丈夫かっ!?」
「……妨害アリなんやね?」
横島に答えず、にっこりと鬼道。
「ひえぇっ!?」
ちょっぴり背後に見えるオーラに怒りの色が混じっているよーな気がして、思わず横島が一歩退くが、天龍はそれに向き合う様にして。
「とーぜんじゃな」
しっかりはっきり言い切った。
「ちょっとぉぉっ!?」
横島の悲痛と言うか困り切った叫びは、とっても何処吹く風だった。
その後。
二回戦は二人して妨害した為、同じくドロー。
神通力で竜の幻影が夜空にでかでかと浮かんでみたり、異次元に繋がる影が足をちょっぴり沈ませてみたり。
(こ、こいつらは……)
目立つのはまぁ今更だからいいとして。
笑顔でいながらも、やっている事は結構大人気無かった鬼道の姿は少し面白かったりもしたものの、自分を賭けて勝負等、許容している訳では無い。
そんな訳で。
何やら火花を散らす二人の横にひょこっ、と入り。
ぽん、と気負いも気合いも感じさせない自然な動きで輪を投げて。
冗談の様に、当然の様に、それは目当ての物へと飛んでいき。
「……おおっと、兄ちゃんお見事ー!!」
すとん、と、綺麗に指定されたマスコットを輪の中に収めた。
「はい、俺の勝ちー♪」
「「……ってあああっっ!!?」」
色々と目立っていた所為で人も集まってきていた中、突然の結末だ。
見物客の反応は様々だが、綺麗な軌跡を描いてあっさりと獲物をかっ攫ったその手腕が概ね好評だった様で。拍手や歓声や二人への慰めの言葉や声援やらが飛んだりする、ある種カオスなその場には、何だかんだとマイペースな当事者達が。
「余に不満があるとでも言うのか横島ぁーーー!!」
「……やられたなー」
「周りを少しは気にしろよな、お前等……」
ともあれ、三回戦目に入る前に獲物を軽やかにゲットし、賞品回避を華麗に決めてしまった横島なのであった。
そう、二人は忘れてはいけなかったのだ。遊びの達人、タダちゃんを。
何とも言えない表情の鬼道と、面白くなさそうに横島を睨む天龍を無視しつつ。
「つーワケでこの勝負は無効!!さっ、行くぞっ!!祭り終わっちまうだろ!?」
決定的な勝負の終わりを告げるのだった。
一通り回り。
飲み物でも買ってくるから、と置いていかれた神社の裏手。
喧騒も遠く、虫の声が僅かに響く静かな空間の中。
横島を欠いた二人の空気は微妙な事この上無い。
池の前、朧げな月の見えるベンチに座り、二人で間に置かれた屋台特有の具の少ない焼きそばをつついていた。
会話の無いその状況に柔らかい苦笑を浮かべながら、鬼道は型抜きの戦利品を手に、くるりと回す。
それを見咎めたのか、
「……余に対する挑戦か?」
ならば受けてやるぞ、と低い声で突っ掛かってきた天龍に、やはり苦笑しながら。
「そんなつもりは毛頭無いよ。……ただ、祭りに来たのも初めてなら、こんなんもろたのも初めてやからなぁ……。ま、横島のお蔭やけど」
「……ならばちゃんと横島に礼を言っておけ。……余の家臣じゃからな。本来なら、貴様などとの付き合いは認めてやらん所じゃが……」
今日は大目に見ておいてやる、との尊大な言葉に、苦笑では無く柔らかな微笑を一つ。
「おおきに、天龍はん」
「……ふん」
そしてまた訪れる静寂。
しかし先程より空気は悪くない。
暫くそのままでいた二人だが、ぽつりと天龍が漏らした。
「……余は、貴様が羨ましい」
静かな声だ。鬼道は天龍の方を向き、首を傾げる。
「……何か勘繰っとる様やけど、ボクと横島には大して深い関係は無いで?……ただの知り合いか、良くて友人程度や」
「しかし、会おうと思えばいつでも会えるではないか。……美神達は仕方無いにしても、不公平じゃ……」
「うーん……」
子供の独占欲や嫉妬という幼さは、その声からは感じられない。
多少は混じっているだろうが、それだけの単純なものでは無いのだろう。
「余は、竜神族じゃからな……」
神族というだけで、人間と付き合うのは難しい。
元々寿命からして違うのだから。
基本的に住む世界も違えば、単純に力の差だってある。
幸か不幸か、知り合いにはそれを気にする様な連中など殆どいないが……それでも、だ。
「それも、竜王の息子じゃ。……まだ先ではあるが、余が次期竜王となってしまえば……」
「……先刻の勝負……君が勝っとったら、横島を自分とこに連れて逃げる気やったん?」
「……余はそこまで命知らずでは無いぞ」
流石に美神達を問答無用で敵に回す様な手段を取る気は無いらしい。
こめかみの汗が連中の恐ろしさを知っている事の証明だ。
「……なら、言いたい事があったんやろ?言うたらええやん。ボクと愚痴っとってもしゃあないわ」
「……言いたい事、か……」
「伝えられる内に伝えとかんと、な」
「むぅ……」