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(無題)

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昼間の宴に加え夜までも……と主の身を案じたが、恐らく主は処断の後の酒宴では万一を考え殆ど飲んでいないのだろう。そうであれば主の主たり得る用心深さが窺えるが、もしかしたら刃が不在であったが故に身一つを守る行動を取っただけであったのかもしれない。色々と考察したが飲んでいる最中の主に忠告はしない。まず聞き入られないだろうし、折角の良い機嫌を損ねてしまうだけだ。
入室した襖の側に座し、控えたまま沈黙を保つ。
その沈黙を破り、まだ酒の入っている銚子を眺めながら主が口を開いた。
「……流石に疲れたか」
「大丈夫です。」
即答する。今までの主達に何度か問われる事であったが、いつも刃は否定していた。そうですと答えてしまったらこの星での今までの己の日々と歩みが停止し、崩れ落ちてしまいそうな……恐怖だ。それに捕らわれてしまう気がして、決まって刃は同じ返事をしていた。
「そうか」
機嫌の良さに酒が加わり、主は刃の返答に関心を示していない様だ。頼りになる物だと独り言を呟いている。
「今日は良くやったな。良き処断であった。我が力を十分にあの者達に示す事が出来た。男達は皆満足し喜び、士気は老いた者まで奮い立っていた。鼓舞をする事が出来た。」
「ありがとうございます。」
刃を労う口調からも機嫌の良さが窺え刃はほっとした。
だが機嫌は良さそうだが……主は満足はなさっているだろうか。処断の最中の瞬間、見掛けた物言いたげな主の表情が未だ頭の隅に残る。
今日の処断の評価は及第点を超えているのだろうが何か不足している。
そんな所であろう。なら及ばなかった何かは何なのだろうか……
沈黙の中刃は考えたが欠けていただろう物が分からない。物言わぬ刃と対峙する主もまた黙ったままである。
「私の至らなかった点を教えていただきたく思います。次の際には必ずその御意思に添えるように尽力いたします。」
埒が明かずに思い切って答えを問う。主はほろ酔いでぼんやりした視線を、掌で弄んでいた盃から刃へと移し、いつもと変わらぬ実直で真面目なその表情を見る。
そして口元を綻ばせ、満足した様に頷いた。
「あまり気にするな。一度に三人もの男達を技と力で間断なく処断出来るのはこの星でお前だけだ。カラクリと言えど大した強者だ。ただ……」
「……」
「そうだな。……お前の向上心が気に入った。聞くが良い。処断の真っ只中だ。女達が多く倒れ途中で運び出されていったのは判っていただろう。」
「音で存じております。」
「残った者達の血の気も引いていた。……まあ無理もない。戦いを知らぬ者達が今日いきなり眼前でお前の技を見たのであるから。衝撃的な光景であったのだろう。」
「……それを考え私も速やかな処理を心掛けたつもりでした。が、その人数は処断後櫛の歯が抜けた様になり、辛うじて残った方達も殆どが顔色青く沈黙していた……失敗してしまった様です。」
長身を屈め視線を畳に向ける。そうして処断中の自らを思い返している刃を、主はしげしげと眺めた。
「……速やかに、か。」
「……」
「いや。」
ぐいと一口あおり虚空を見つめ呟く。
「……凡庸なる群れ、未熟者、上級者、最上級者、……そして端麗者、か。」
「?」
「先代の言っていた事だ。」
「父君のお言葉ですか。」
先代と比較される事を嫌い、父との話をまず持ち出さない主が何かを話そうとしている。どの様な内容であれ珍しく、良い事だと思い刃は聴く姿勢を取った。
「……詳しくは知らんぞ。もうどれ程の過去かも分からんし、そもそもこの星の出来事ではないだろう。遠い大昔の言葉だ。己が身を戦いに差し出し、その報酬で生きる糧を得ていた者達。その優劣を表したものらしい。」
「……」
「面白いと思わないか。戦う男達の中で一番優れている者は最上級の勇者ではなく端麗者だと。」
「……何故でしょうか。」
「見世物。用意された舞台散るために用意された命、群がり歓喜する客、興奮する男達……同じく観戦し楽しむ女達がいたからであろう。まあ今は戦であればわざわざ見に行こうとせずとも見れるものだが……。その者達をお前も戦場で良く見るだろう。」
主の問いかけの真意が掴めぬままであったが刃は答えた。
「下の兵士達の気を引こうとしている汚れた派手な出で立ちの者達、子供達と共に人買いに追い立てられる者達、あるいは逃げ遅れ転がる死体として……それらであれば戦の度に大抵見掛けます。」
「戦いから逃れあるいは戦そのものから目を反らす。争い事を嫌うかと思えば……あの者達は心底分からぬぞ。」
分からぬと言いながら、何故か愉快そうに主は話し続ける。
「分からぬとは……」
「反面流血と戦いを好み求める。その思いは時に男より強い。」
理解しがたい内容の話だが、その言葉に刃は昼間の老人を思い出していた。処断の後も楽し気な表情を変えず、人の血と脂の生臭さを身体一杯に受けた刃を見て目を細め、更に突如嬉々としながらわざわざ現在この星と不仲であるグリーンの……防人の。話を始め、その美しさを称えていた者。今思い返してもあの粘り付く様な視線は心地良いものではない。
「まあ血を好み戦いを求めると言っても。」
主はちらりと刃を見た。
「見た目のよい男が武器を持ち血に塗れる。戦いの最中負傷し苦しむ。それを好むのだろう。玉石を付け装いを凝らしてもあの者達には作る事の出来ない魅力であろうからな。……だから格言で最上級者の上に端麗者が来るのか。」
最後の方は小声であった。刃へ説明をしながら考えがまとまっていったのだろう。
「難しい話ですね。」
戦から逃れる者達がそれを好む。美しい者達の血で汚れた姿を好む。主から教えられた事なので、言葉としては記録しておこうと思ったが、深い意味は分からなかった。
だが俺も美しい者は好きだ、そう刃は思う。輝きの弓を持ち矢は流星の如く僅か瞬きの間に狩るべき者を射抜く。戦う姿も美しい。
(血に塗れる、か……)
(あれが戦いに負け手酷く外傷を受ける?ならば俺はそうした者へ生物としての尊厳の一切を奪い、数日かけてその者の息の根を止めるだろう。手段は幾つかある。過去に良く言っていたのを思い出す。アナタが戦の中で相手の命を断つ時は、その数の半分を僕に任せて下さいと。愚かな事を言うなと何があっても認めなかった。では……)
無駄に命を奪いその血を受ける雷と他者により負傷する雷も認められぬのであれば……。
他者により負傷する雷……他の者により。
ならば自らの手で血に塗れ痛みに苦しむ雷であれば。
(……)
何を考えているのだろう。何故このような事を思うのだろう。
想像を咎める前に、突如芽生えた思いに疑問を抱く。
己にだけ従順な彼は、皮膚を裂いてもまだこの身を兄と呼び慕い続けるのだろうか。どれ程痛めつけても呻かず涙も流さないのだろうか。
身体に湧き上がった感情は背徳よりじわりとした快感と興奮だった。
主が盃をがちゃりと盃台に置く音で刃ははっと我に返る。
喉がからからと乾いている。
「繰り返すがお前は今日、良くやった。男達のみならず招いた女達も楽しめ、魅せる内容であれば尚良かったが……」
「申し訳ありません」
作品名:(無題) 作家名:シノ