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(無題)

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それに処断した男達の血が映えるとはどういう事なのだろうか。刃龍と両腕は肘まで脂に塗れ出来るのであれば今すぐにでも……一刻も早くにこそぎ落としたいのだが。
老人は他の者達と談笑をしている。先刻の処断で、血の気を失い口数の少なくなった者達の中で一人だけ、薄く笑みさえ浮かべ話に興じている。勝気そうな目元はまるで今日の処断を楽しんでいるかの様に愉しげな表情をしていた。
刃は老人から向けられた視線を思い出す。
どう考えても善意の目ではない、子の方が見せていた侮蔑の念と似ていた。
そう言えばこの星での百余年の間、主に従いその意のままに戦い過ごし、人が己に対し、また自らが他社に対し暖か味のある表情や視線を向けた事はあるだろうかと考える。人同士が猜疑心を持ち、互いの心身生命を削り合う星だ。今この場に集まっている者達の中には民を人と思わぬ者もいるだろうし、民が戦等のあらゆる理由で奴隷となってしまうきっかけもごく身近に転がっている。
今日の勝者が明日の敗者になり理不尽な理由で人が人以下の立場となる。そういう星なのだ。
人の心に余裕がない。形こそ人と同じだが人造戦士で草の刃など彼等にとっては物だろう。
この力と生業故、人から向けられる思いの大半は負である。仕方のない事だ。
……。
思いから逃れる為だろうか。刃は心の中で幾度も断ち切っていた兄弟達の暖かな視線を思い出していた。そして片時も己から離れない彼の表情を瞼の裏に浮かべていた。凍てつきの泉の様な眼差しは、刃の一存や一言で悲しみを深める事もあれば子供の様に拗ねる事もあり、嬉しさを露わにする事もあった。自分の思うがままに彼の全てを自由に出来たから良かったのではないが、多くの思いの中で刃にだけ向けていた、悲哀の情を含んでいたあの眼は過去も今も刃の心を乱し、惑わせ続けている。
僅かだが老人の話す声が聞こえ、刃はそちらを振り返った。
子も応じている。どうやら話題が一巡したらしい。雑談の種にはされたくなかったが、親子は再度処断と刃の事を喋り始めていた。
「……でもやはり私には恐ろしゅうございます。」
眉を顰めながら子の方が答えている。忌まわしい物の様に刃をちらりと見ていた。
「先程の処断ではカラクリを超えさながら悪鬼でした。……そう言えば」
思い出したように子の方が呟いた。
「カラクリ人形は他の星々にもいるのだと父上が仰っておりました。それら防人と言う物もあの草の様に非情で残忍な連中なのでしょうね。」
違うと刃は叫びたくなった。主の招いた者だ。この場で怒鳴る事は出来ず心の中で強く反発する。
(違う……止めてくれ。人殺しは俺だけだ。)
「どうかの……」
老人の方は防人の性質には微塵の関心もないらしい。
「そこまでは詳しく知らぬ。私もごく若き頃と、前に画像で見掛けた程度だ。」
そう言った瞬間、退屈そうに扇を弄っていた老人の表情が俄かに楽し気になった。何かを思い出した様だ。
「そうだあの星……緑の星だ。」
無表情ではあるが刃の能と心が反応する。
「そなたの言った通りカラクリが残忍か否かは知らぬが……あの緑の星の防人。それは美しくてな……顔の彫りが深い、長く見事な薄色の髪が淡く輝いているのだ。」
(自分達を造った者から彼にだけ与えられた)
「緑の星の者らしいですね。」
子は不愛想に答える。以前ある事が起こり、ブラックとグリーンの関係はかなり険悪になっている。そうであるからこの星の民も、かの花咲ける緑の星と民達について無論良くは思っていない。
「私はあの星と軟弱な民達は好きではありません。」
「口を挟むな。老いた母への孝行の一つとでも思い話を聞くのだ。」
嫌いな物は嫌いですと今にも言いかねない子を抑え、老人は話し始めた。
「目は青碧なのであろうか。(違う、碧瑠璃の方が近い。)表情は少し冷たそうな感があったが(何も知らぬ者には冷めて見えるのだろう。だが彼が己へ向ける思いは暖かく、そして焦がれる程熱く激しい。)……誠に美しき男でな。最早大昔だが嫁いでいたきょうだいや若くもなかった侍女達も画像の姿を眺めては騒いでいた。咲いたばかりの白薔薇の様な鮮やかな、冴え冴えとした容姿で……確か名は……」
刃の耳は老人の声しか捕えていなかった。少しの間考えていたらしいが、直ぐにころころと笑いながら老人は言った。
「済まぬ。忘れてしまった。」
(……)
断てぬと改めて刃は思う。
先刻の処断で過去を捨て去らなければならないと言い聞かせていたのに。お前を……最も断ち切らなければならないお前との全てをそこだけ、いくら言い聞かせても断つ事が出来ない。この心を奪い捕え話さぬ。眼差しも思いも、目には見えず声もなく形なくても、お前はこの身から片時も離れない。
人の命を奪う人造人間、心無き忍び。だから過去と思いを消し去ろうとするのに離れず、無意識の内に気付けばお前が浮かぶ。
過去でもそうだった。この身の為ではない。お前を思うから着いて来るなと手を振り払った時は、特に最後まで俺を追おうとしていた。
俺もそうだ。ほんの数時間前の幻の中にも現れ、届かぬ事を理解しているくせに愚かにもお前を追っていた。
所詮忍びであるこの身、構わないでくれと母星で共に過ごしていた時に何度かそう伝えたが繰り返しても首を横に振るだけで、諭し言い聞かせようとすれば今にも泣きだしそうな表情で刃を見上げていた。
あの刃の心を捕えた、愛情の中に悲しみを含んだ眼差しで。
情を捨てなければ己の心を保てないと思い続けているが、形のないただその一つを百余年経ても断てず、捨て去れずにいる。
これが黒の星の人間が恐れお前が慕っていた男の実態だ。

数度手を打つ音が響き、刃はふと我に返った。
いつの間にか主が席を立っていたが刃は気付かなかった。
「別の間にささやかだが酒肴を用意した。皆この後も存分に楽しんでくれ。」
変わらず機嫌の良さそうな声である。

主と臣下達の宴には刃は不参加であった。
まず参加できない立場であったし、主の周囲には屈強の側近達が付いていた。それにこの処断の後であったので万一にも変な気を起こす者もいないだろう。兎に角刃龍の汚れと消耗が気になり、主と客達が場を離れると、刃はすぐに元居た粗末な板張りの彼の部屋に戻り、その脂と血を取ろうとした。
(……)
やはり凄絶な有様である。処断時はラードの様に刃龍の表面を流れていた脂の一部がべたりと付着し、血痕も夥しい。取れない事はないが何百年も扱いに慣れた刃の手でも完全に落とすまでに数日はかかるだろう。
加え、今夜子の刻に主より座敷に隣接する居間に来るようにと命を受けた。刃龍が気になり仕方がないがその命に従わなくてはならない。
時刻が近付き、もどかしい思いのまま刃は参じた。十畳ほどの居間……さ程広くはないが、この屋敷内では座敷の次に整えられた部屋で、主がここに泊まる際に最も多く使用する私的な空間であった。
一礼後襖を開けると酒の香りが漂った。首を上げると小型の盆の上に朱赤の銚子と盃台、盃が置かれ、酒が僅かに盆にこぼれている。刃がここに来るまで一人で進めていた様である。
肴は一皿も置かれていない。
作品名:(無題) 作家名:シノ