(無題)
(これから先百年か二百年か……分からぬが民達の性質によりこの星は富み、強くなって行くだろう。もしかしたらすでに星そのものが弱体している母星を抜き、いずれ五惑星の中で頭角を現して行くかもしれない。)
その礎で要石になる民達が主の治める地を棄て代々の住処を離れ近隣諸国や敵国へ流出している。
(これでは国が保たない。)
防人と言う立場はあくまでも一兵で政治に口を出せる立場ではない刃ですら内心そう思う。時の流れに聡い者、主の政務の一部を担い執り側に居る人間達はもっと敏感に時勢を感じ取るだろう。
……。
恐らく主が治めるこの国は。長くは保たぬのではないか。
(……遠い未来の絵空事でないのかもしれない)
その状況であるが故に刃は明日以降も長く尽きる事のない任務を受け続ける。その大半は彼にとって心地の良い事ではない。
だからこそこの身が仕事を任せられるのだと刃は思う。
機械の心は所詮機械でしかない。
扱いがどうであろうと何を言ったとしても思う事はなくただ従う。生きる者でない刃には時に目障りになる人と人の縁故もない。何より造られた人型の機械は老いず動き続ける。だから主を名乗った今までの者達は彼を歓迎した。加えて造られた時より彼が備え持つ忍びの性能と気質は戦を続ける主達には重ねて喜ばしい事であった。
(……あれはもう母星に居た時の。その中でも遠い記憶となっている。数百年は前の事だろう。気紛れから始まって話した古い……志能便から始まる忍びの話。言わば遥か太古の特殊部隊の魂が俺にも継がれているのだと兄弟達に誇らしげに話した時に。「……アナタが?」と。)
(……彼だけ悲しい顔をして声を詰まらせていた。)
機械で忍びである刃を得た主達は最も心無き者と重用し、皆刃を愛した。
この哀れな黒き星の最も心無き物。
心持たぬ人型の防人は花園の世界を脳裏に浮かべながらも現を生きる機械の忍びは、虚のその世界の届かぬ思い物へ寄せ続ける心を封じ消そうとする。
油断や無駄な情が即、死に繋がりかねないこの星で過去を振り返りあれこれと思う事は愚かな事だろう。だが……
息がかからぬ様に自らの伴侶である刃龍を見つめる。
全長は五尺程。形状は四方の車剣に似て、両刃の切先は大きく身はかなり反っている。主から追加報酬として賜った上質の拭い紙で昨日念入りに手入れを行ったので、前に塗った古い油と汚れは十分に除いてある。
この黒き星に下り立ってから自分はこの刃龍で幾人の主の敵を斬って来たのだろう。
配下に弑された初めの主、同様に自決した次の主。所領を拡大していった先代の時、そして今の主の下、今から僅か数刻後に行う処断。明日、明後日、半年先、数年後……。
人達の限られた生を無限に近い数だろう。この先も奪い続ける。
一体、自らが断ち切るその命の数はどれ程になっていくのだろう。
時間はない。支度を少し急がなければ主の定めた時までに間に合わない。しかし刃は息を殺したまま据え、置いた刃龍を眺めていた。
そのまま本日今からの仕事を簡潔に頭の中でまとめる。
開始は九つ半。内容は処断。人数は数名と聞いた。何れも男。
(彼等は前の戦で生け捕った者達で皆それなりの身分。口のたつ文治派の側近達が話の種にしていたのを覚えている。)
場所はこの屋敷の東側の最も大きな庭。
砂利が敷かれ手入れされたそこで、この言わば見世物は行われる。
主は全ての部下を招き公開するのではなく(そんな事をしたら庭が人で溢れ返ってしまう。)呼ぶ者達は先代からの譜代の重臣とその妻子達、また今の主の代になり従属した新興の有力な臣下と一門を集める。
真の目的は第一に彼等に対し主の秘蔵とも言える究極の兵器である刃を見せる事により、彼等を信用しているのだと言う意思の表示と、第二に人ではない刃の技を見せつけ、その兵器を従える主の偉大さと強さを示す事。特に後者は重要な目的であった。
(最盛期だった先代から弱体が進み名声も威光も下がりつつある。可視の力を見せる事は一時的であるかもしれないが挽回の手段としては即効性があり良い。力で新興の臣達を繋ぎ止め、先代の治世から従う重臣達には造反を封じ釘を刺す効果もあるだろう。)
だから何としても成功しなければと思うのだが、今からのその仕事で一つ、刃が気になる事があった。
捕虜達の処断を命じられた数日後に、主の側近の一人により御意思、と言付けされた事だ。
……処断の際は鮮やかに捕虜達を斬ること。
主のこの言葉の真意は何なのだろうと刃は考える。
後日に伝言として伝えられた事と言え、仰ったからにはそこに何らかの意味があるのだろう。逆に後からのご指示だからこそ重要な思いが込められているのかも知れぬ。
……だがそのお考えが分からぬ。
疑問のまま粗末で古びた薄い板敷の床に音を立てず刃は座す。やはり無音で細く静かな呼吸をして、緩やかに息を吐き、気を整えた。
そしてそのまま考えを続ける。
処断。それに慣れた刃でも鮮やかにと言われると意味が掴めない。可及的速やかな処断をと主が望まれるのであれば分かる。臣下達だけでなく、その妻子達も本日は召集されているからだ。その者達の中で実際の戦を見た者は一名たりともいない。なのでそういった者達への配慮の意の含まれた指示が下るのではないかとは思っていたが、実際に刃が受けた内容は鮮やかに……つまり目を引く様に処断を行えと言う、刃が思っていた事に対し真逆とも取れる内容だった。
防人にとって主の指示は絶対であるが故に、己が持つ出来る限りの技を見せねばならないと思う。しかし鮮やかに等一体誰が出来るのだろうかと思う。
少なくとも自分には無理だ。主もその周囲の人間達も刃を人と思わず、扱っていない。人でない力を持ち人を超えた技を用いる心持たない機械であるから処断は動作もない作業だろうと思うのだろう。あるいは力無き彼等だから人でないこの身に何か超越した物を求め望むのだろうか。
老いぬ体防人としてのこの力、そして兄弟達の中で己だけが持ち合わせたこの忍びの性質。全てが戦いの続くこの星に非常に合っていた。
今も過去もこの星の至る所で戦が続き今も絶える事がない。
(五惑星の中で最も戦が多く、それにより人が死に血が流れている星は間違いなくここだ。)
煙の上がる河原が血色になる程の戦、頭と口を武器とする謀。手段を問わず人は人を殺害する。その行為は戦いに慣れたこの星の者達にでも罪悪や穢れ等の背徳感や嫌悪感はあるだろう。己はだからこの星の人と星そのものにも求められたのだろうと思う。人でない物が人を屠っても思う事はないだろう、私が処断するのではない。目に見えない死者の念や穢れは実行者に降りかかる。機械の忍び……心無き無生物であれば何事もなく済むだろう。
個としての刃の存在は認識されていない。求められるのは人以上の力を持つ人型の機械と、心を持たぬ忍びであり、目を背けたくなるような酷い見世物も鮮やかに行って当然だと仄めかされる。
(……鮮やかに。)
再び刃は考える。それは物理的な難度もある。
まず、対象の着衣……。いつもは平服か、戦場であれば甲冑姿か。そこから刃龍を接触させていく箇所を考えていく。
(……考えていくと言ってもこれはその場咄嗟の判断もあるだろう。)