(無題)
初めに己の意識をまた元に戻した者達も、この星に降りて今までに仕えている四人の主達とその周辺の者達も皆その目で刃を見た。慣れ切った事であるが心地は良くないと再度思う。
だからせめてほかの兄弟達は降り立った星の下で自らと同じ晒し者になっていなければ良いと思う。
……もしそうであったとしても心強き兄ならば動じぬだろう、母星に残る弟は何事もない。末の弟ならは悔しさを感じ一人涙するかもしれない。……。もし俺が。
現実から逃避する様に遠方をぼんやりと眺める。今日は天候は悪くないのでこの星の気候に耐えうる木が残り山を形成しているのがはっきりと見える。
あの星の緑はもっと色鮮やかなのだろう。彼の眼はこの空の色などより余程美しい。
……もし俺が少しでも彼と似た姿だったとしたら。
カラクリめと蔑まれ、奇異の目にも晒されなかっただろうか。人でない機械でも心持たぬ忍びであろうと、彼と似ていたとしたら人々の第一声は口を揃え驚く程美しい男、と嘆息し眺めるだろう。
……異形の者と言われ続けているが発想が少し飛躍していた様だ。第一この身が彼と似た姿形であれば(確かに強く憧れはするが)母星に存在した極東の島国の者達の血を濃厚に持ち今も引き継いでいるこの星の民達の中で明らかに異質となってしまう。星屑色の淡く輝く髪と宝玉に勝る瞳は美しいが、その目立つ姿であれば忍びとしての仕事を行いにくくなってしまう。
九つ半。東側上座の主を間に挟み主の臣下一門と数間の距離を置き向かい合う形で刃は待機する。
来訪者達の内男は無論正装であるが、女達は豪奢かつ奔放に着飾っている。今から刃が行う生涯見ずに済んだであろう惨い光景を目の当たりにし、気ままに振舞っているあの者達の内果たして何名が意識を失うか……そんな刃の思惑などかけらも分からぬ様である。
それもまあ仕方のない事かもしれないと刃は思う。己の様な“恐ろしい”、“人外の物”を好奇心に駆られ興味本位で一度見てみたいと言うその気持ちは分からぬ訳ではない。支配層に属する女達は戦いの場を知らず、日々を各々の身分に相応しく過ごさなければならない身なのだろう。何より現実の理由としてこの星の時勢と現状では彼女達が外出を行う際には大きな危険が伴う。
戦で仕えていた者を失い浪人となったならず者達や戦時には山賊、追剥が外では肉食獣の様に獲物……女性や子供を狙っている。捕まれば身包みを剥がされ人買いに売られるか運が悪ければ殺されて終わる。
……それが現実だ。
だから今ここにいる女性達は着飾り外出を出来た。ただそれが楽しいのだろう。夫の側に立つ妃達や更にその横に控える子と思われる者達。後方に従う侍女達。装いを凝らした その者達を一度にこれだけ見るのは初めてだった。
年若い者や侍女達は丁子染めや藍白、裏葉柳等の表着を纏い、簪の飾り玉も小さく抑え目の姿が多い。対して老年の者達は赤や菖蒲色に動植物や細かな幾何学文様を染め抜いた着衣や翡翠鼈甲、硝子細工をはめこんだ銀平の簪等、その身を派手過ぎる程飾り立てていた。どの者も袖と後ろ結びにした帯は長い。彼女達を配慮し、立ち見の床一面には幾重にも布が敷かれている。
刃が背を向ける廊下より、平服の者が三名現れた。何れも主の側近である。先を歩く二名は近付かずに見ても使い古しと分かる丸めた莚を右肩に担ぎやって来た。後ろの一名は 錆色の鉄輪……捕虜が動かぬ為の足枷を持ち、こちらもまた酷く古く、赤茶色に変色し錆が剥がれ落ちそうな様である。
やって来た側近達は刃の眼前で止まった。前の二名が抱えていた莚を下し両端を引き合い、手早く砂利の上に広げる。大きな莚であるが古く、非常に粗末な作りである。床に敷いたのは捕虜達への配慮などではなく、今からの処断で砂利が汚れるのを防ぐ為である。
(……これは。)
刃は困惑した。莚……刃と捕虜達が立つ距離が一間もない。つまり助走の力なしに処断を行わなくてはならない。
頭の中で組み立てていた内、その力を活かそうとしていた方法がいくつか消滅した。
側近達に守られ座る主は無表情である。お前であれば出来て当然であろう。いや、出来なくては困る、私の威信の為に。こう言った主の目論見なのだろう。
作業を終えた二名の側近は主の方向へ頭を下げ場を退く。
後ろの一名は抱えていた物をひどく大儀そうに砂利の上へ置き、その側に控え蹲った。
鉄製の枷である。重量がありこちらも莚同様古い物だ。過去にこの屋敷内で失敗をした奴隷たちを罰する際にかなりの頻度で用いていたのだろう。鉄製と言っても色はすでにそれを留めていない。縦横二尺程の正方形の厚い鉄板のほぼ中央部より太い鎖が突き出ている。その末端は別の鉄板に繋がり瓢箪型の二つの鉄輪、足枷となる部分をがちりと支えている。手錠を大型にした形状に似ていた。
(……)
刃の力と技を持っていても、刃龍を外皮に入れる際まで討つ対象が動いているか、ある程度静止に近い状態かで、処断の結果は随分異なる。
主は彼の威信を高める為に所持する機械が鮮やかに処断していく様を望み、実際にそれを行う刃にとっては主の指示に従いつつも尚、対象を苦しませぬ……少しでも痛覚を最小に留める即死の手段を考える。
万一失敗をすれば力を持つのに何故出来ぬのか、私の名を汚すのかと叱責されるだろう。戦闘に関しては無欠と思われてしまう人造人間でも出来ない事は多くある。そして彼が討つべき者達を苦しませずにどう処断するか。いつもそう考えている事を主達は知りはしないだろう。人同士が戦い、その跡には屍が野晒しとなるこの星では人造人間の事など誰一人として気には留めない。倒れぬ身体であるから時の中に消え去る事は出来ない。この星の者達が戦いを続けるように、この身も血に塗れる日々は続く。
忍びであるから思いを殺し、命ある者達よりそれを奪い続ける。生きる為には己の心を消し去ってしまうのが一番楽だと言い聞かせ、自分を封じようとする度にどうしてなのか思い起こす彼の姿。刃へ時折見せていた悲しみの深い眼差し。
足枷は完全に相手の動きを封じる物ではない。だが処断する者達の動きを抑える事は出来るだろう。
(……今日もまたこの命なき物に生を奪われる者達よ。心無き忍びに明日を断たれる者達よ。……せめて。)
錆色の足枷は三つ。処断する者は三名である。
ちらりとそれを見て、刃は再度考えた。
一間もない莚と己の距離、この拘束具で腰から下、足の動きはそこそこ妨げられる。捕虜達の胴から上は……まあ確実に縛られているだろう。三名。何れもある程度の立場、身分であった者達。捕虜になっていたとは言え筋の強い者達であろうか。処断に手間がかかりそうだ。失敗しないだろうか。いや、成功しなければいけない。
時が迫り、刃から向かい左奥の木戸より簡略化した武装の者が現れた。素槍を持っている。
その後ろに続き処断される三名の男が庭に入った。