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追う阿呆追われる阿呆

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「  な  ん  で  だ  よ  っ  ! ! !  」
「うわっ?!」

 胸元にいた犯人、鏑木虎徹が暴れ出し、バランスが崩れる。
 ああ、倒れてしまう、逃げてしまうのではないか、そしたら市民の安全が、しかし彼も。
 思考が錯綜する間にあまり舗装ができていない地面に下半身からぶつかる。私は上半身、そして頭にくるであろう衝撃に耐えるため反射的に目を瞑った。

「うっ・・・あれ?」

 ぶつかったのはぶつかったのだが、想像より、あまり痛くない。
 確かにこのヒーロースーツは私も信頼しているポセイドンラインの技術の結晶であるし、飛ぶことに特化しているため装備はどちらかといえば弱く、ジェイク戦のあとはその歯ぎしりがCEO室に届くほどであったと噂されるほどに悔しがったメカニックさんが今のヒーローの協定を破らないギリギリラインまであげたとも大変有難いことに聞いているが、それでもこの衝撃は弱い。弱いぞとても。
 疑問に思った私がおそるおそる目を開けると、

 スポーン

「あぁっ!」
「ハッハッハ、スカイハイのメットとったりぃ!」

 逆光になって顔がよく見えないが、彼の真上に掲げられているのは間違いなく、私のヒーローマスクだ。

「渡しなさい、そして返しなさいっ!」
「そういわれてやるやつがいるかっつーの・・・ってお前は止めそうだけどな・・・いやその前にやらねーか。あ、ちなみに能力発動すんなよ」
「それこそそういわれて大人しくする人間が・・・」
「大ヒント、俺の能力はバーナビーとおんなじ」

 私の身体にまたがって、片手で私の頭の横に手を置いてもう片方の手で私のマスクを抱え、彼はにんまりとあくどく笑う。

「少しでも能力を使うような真似をしたらこのスカイハイマスクをワイルドに潰しまぁ~す。俺が逃げても捕まえられても、素の顔でヒーローTVに出られるかね? キース・グッドマン? ・・・あれ、おじさん結構悪役もいけるんじゃね?」

 極少数の人間にしか知られていないはずのヒーローの本名が知られていることに衝撃を受けて彼のその後の台詞を聞き逃してしまったが、私はできるだけ顔に出さないよう落ち着いた様子を保った。

「・・・不本意ではあるけれども、市民を守ることができるならば、私は私の顔や名前が知れ渡ったとしてもかまわないよ」

 ヒーローマスクは奪われてしまったがさっきまでの会話は中継車に流れていたかもしれないし、何よりPDAの中に埋め込まれているGPSが生きている。例えさっきの会話が流されていなくても、空を飛んでいる私がずっと同じ場所にいるとしたら不信がって他のヒーローたちについてるアニエス君の仲間たちや私のことを報せ聞いたヒーローの仲間たちがきてくるかもしれない。今私にできることの一つは犯人の足止めだと彼の腰を抱える腕を少しきつくしめる。もちろん隙ができれば即座に反撃に転じるつもりだが。
 しかしだからといって彼の言葉に適当に答えるわけにはいかない。私はじぃと彼の瞳を見つめた。

「今までお前が捕まえてきた奴等がお前や、・・・いやお前ならまだいいけどよ、お前の大事な人たちを襲うかもしんねぇぞ?」
「そのときは私が「『私が守ればいい』・・・っていうのかよ」

 先回りされたことに私は瞠目し、再度やはり心を読むネクストなのかと疑ったが先程の彼の言葉を信じるなら彼の能力はバーナビー君、そしてワイルド君と同じハンドレットパワーのはずだ。
 彼の目に今までとは違う光が灯る。いや、違う、と私は彼の目を見返して思い直した。光が灯ったのではなく、その光の周囲が暗くなって光が強くなったようにみえただけだ。

「今はいいかもしんねぇ、できるかもしれねぇなぁ、お前なら」

 彼の光の周囲に立ち込める暗闇は、私がまだ手にしたことのない感情で溢れている。

「けどな、例えばスカイハイ、お前が俺ぐらいにおじさんになって、体力も落ちたり、今できるようなことができなくなって、・・・例えば、ネクストじゃなくなるとかさ」
「そんなことがあるのかい?」
「だっ! だから例えばっていってんだろーが。そういうさ、お前がどうにもできねーときに危なくなったらどうすんだってきいてんだよ」

 まるでこちらを睨むかのように見つめる彼を見、彼が抱え込んでいるスカイハイのマスクを見、もう一度彼を見て私は言った。

「大丈夫だ」
「何が」
「私の大切な人たちは、彼らはすぐにやられるような、そんなやわな人たちではない」

 虚を突かれたかのような顔をする彼に、ほんの少しだけ得意気になって私は言葉を続ける。

「ヒーローの仲間たちも、ポセイドンラインのスタッフや、ヒーローTVのスタッフたちも、みんな、一筋縄ではいかない人ばかりでね。それに彼らの周りもそんな人たちばかりだ。もし彼らに危険が迫れば私も勿論できる限り動くが、私の力が及ばなくても彼らならやってくれると信じているよ。
 そう、例えば、ジェイクと戦った時のバーナビー君や、ワイルド君のようにね!」

 あぁあのときの二人のコンビネーションは素晴らしかった、素晴らしかったよとても! それ以降、いや元々それ以前から彼らのコンビネーションは目を瞠るものがあったけれどね!

「私は彼らの力を信じているし、彼ら自身の事も信じている。・・・そして、」

 脳裏に、「なぜ?」と問いかけたあの子がよぎる。

「私は、私の力も、私自身も、彼らの助けになれると信じている」

 強く言い切り、私は彼の目を見返した。
 ・・・・・彼がうつむき、今までトントンと会話が進んでいたのに急に沈黙が訪れた。そういえばこの前ファイヤー君がこのような急に沈黙が訪れることを「天使が通った」というといっていたなぁ、あのときはなんで天使なんだろう、と私は彼女に聞き返した気がする。そしたらワイルド君が・・・あれっ?
 不意に思考にノイズが走り、私は一人首をかしげる。と、目の前の彼の身体が小刻みに震えているのに気付いた。も、もしかするとやはり先程のこけた怪我が大事だったのだろうか?

「大丈夫かい? やはり先程の打撲が・・・」
「・・・なんでお前は・・・」
「えっ?」
「・・そんな・・・笑って・・・・!」

 そこには、逆光で陰になってはいるのだが、今までのおどけた様子とも、先程見せた真面目な表情とも違ったくしゃくしゃな情けない顔をした彼の姿があった。
 私は思わずぎょっとする。こんな彼の表情を見るのは初めてだ。・・・いや、そんな言い方だと彼と初対面じゃないという事になってしまうじゃないか。
 それと今まで気づいていなかったのだが私は彼に笑顔を見せていたのだろうか。いけない、と私は顔をひきしめる。マスクをとられていたとしても、私はスカイハイ、シュテルンビルトの街の平和を守るヒーローであり彼は罪もない老婦人を殺害した犯罪者だ。
 しかし唇を噛む彼を見て、先程いったような「隙」ができたとも思ったのだが、私は能力を発動するのをためらっていた。たとえ彼が先に少々ずるい手を使ったとしても、ヒーローとして、私は正攻法できちんと彼を捕まえたい。
作品名:追う阿呆追われる阿呆 作家名:草葉恭狸