コドモダケノモノ
4.
「え…っと……」
「子供は寝る時間だというのに。眠れないのかい?」
くいと差し出した手を動かしながら、サガは上に上がって来いと催促する。その手に掴まらなくとも上がれる……と思いつつも、好意を無碍に断ることも出来ず、気恥ずかしさを感じながらその手に掴まった。
ひょいと思いの外、軽々と持ち上げられてしまったシャカはバランスを崩してサガに寄り掛かる。
「予想以上に軽いのだな。驚いたよ」
サガも驚いた様子であったが、それでも声のトーンは変わらない。
「……っすみません」
シャカは慌ててサガから離れた。何故だか、ひどく動悸が激しかった。羨ましいほどに長身で肉厚な身体に触れたことが不可抗力とはいえ、恥ずかしいとさえ思う。
「謝る必要などないよ……あっちに座ろう」
「はい」
サガに促されるまま、腰をかけるのには丁度よい大きさの石の上に座った。昼間ならロドリオ村が見える場所であったが、今は僅かに灯る軒先の明かりだけがそこに村があるのだということを示しているだけ。今宵は薄く瞼を開いたように見える三日月であったために星の瞬きがよくわかる闇夜だった。
「いつもこんな夜更けまで起きているのか?」
「いつも、という訳ではないけれども……。今日は……寝付けなかったから」
「何か考え事でもしていたのか?」
そうサガに言われて静まりかけていた動悸がまた激しくなってきた。体調でも崩したのかもしれない…とシャカは思う。うまく口も回らないでいるのだから。
「無理に答えなくてもいいさ、シャカ」
サガはそういうと星空を遠い眼差しで見つめていた。湿気を含まない夜風がクセのある髪を時折揺らす。サガはそれきり黙ったままだったけれども、沈黙が苦痛だとは思えなかった。不思議なことに身体の芯からぽかぽかと温まるような気さえしていたくらいである。
サガと同じ方向を見上げながら、小さな瞬きを繰り返す星の光を眺めた。遠い宇宙の果てから届いた星の声さえ聴こえてきそうだった。その声に混じってサガの声を聴いたような気がしたシャカは「えっ?」と驚いた顔をしながら、くるりとサガへ視線を移した。
「どうした?」
不思議そうにシャカをみたサガを見て、きっと聴こえたのは空耳だったのだろうとシャカは思うことにした。
「あ…いえ。たぶん…空耳……」
「そう。あ、シャカ」
スッとサガが指差すほうへと目を向けると、星が一つ流れた。何年ぶりだろう、流れ星を見たのは。
「……一瞬だったけれども、とても綺麗に流れていたな」
「ええ、とても」
「皆に話してやりたいけれども、それでは規則違反がバレてしまうな?」
子供のように悪戯っぽい笑みを浮かべたサガに一瞬シャカは気を取られたけれども、「本当だ」と言って笑い返した。
「皆には内緒にしておこうか」
「それはいい提案だと思う」
小さな悪戯が成功したように笑い合いながら、サガと自分だけが知る秘密になんとなく、シャカは得意気な気持ちさえ芽生えた。
「内緒のついでにもう一つ……」
サガがスッと身体を寄せたことに気づいた、一瞬の出来事。
面食らったシャカはその行為の意味がわからず、ただ自分の指先でサガが触れたその場所を確かめるようになぞった。触れた指先の感触とさっきのものとはまったく違っているのだと唇が伝えてくる。
もっと、柔らかくて、熱い――。
「さっきのは空耳なんかじゃないよ、シャカ」
「え?」
「空耳などではないから」
意味深に目を伏せていくサガの手にすっぽりと納められたシャカは定まらぬ思考の中、見上げた夜空でまたひとつ、星の欠片が描いてく軌跡を最後までみつめた。
そして、ひどく優しくて甘酸っぱい、空耳もまた星屑のように脳裏を掠めていくのだった。
Fin.