ミニ☆ドラ
6章 ドラコの思い
ハリーは夜遅く仕事を終えて部屋に帰ってくると、ベッドの上に倒れこんだ。
「あー、もうクタクタだよ。うんざりする……」
デッキシューズをそこら辺に脱ぎ捨てると、低くうなる。
ドラコはテーブルの端に腰掛けたまま、相手を見上げて慰めた。
「お疲れ。今日もよく働いたな」
両手にはさっきキッチンでハリーからもらったポテトチップスの大きなかけらを、口を大きく動かしながら夢中で食べている。
どうも このチビっこいドラコはマグルのお菓子に、相当目がないらしい。
ゼリービーンズだろうが、マーブルチョコだろうが、何でもハリーが差し出すお菓子に無条件に飛びついてくる。
ジャンクフードなど食べたことがないから、逆に彼はそれらに大ハマリしていた。
少し前にお客さんが来ていたときに出した、高級なゴディバチョコレートをくすねて ドラコに渡したが、「いつも食べているヤツと同じ味だ」と、少し食べただけで顔をしかめた。
(おもしろいヤツだなー)とハリーは思う。
プライドは山のように高く、感情の起伏は激しくてすぐに怒ったと思ったら、少し親切にするだけで180度態度が急変して、「ありがとう」なんて殊勝なことを言って満面の笑みを見せた。
――チビで、ドジで、しかも魔法使いだなんて……
――魔法使いだって?
この科学万能な21世紀に魔法使いが現れて、しかもチビで、おまけに魔法使いと言いながらまるっきり魔法が苦手だなんて……
ハリーはたまらず腹を抱えて、派手に噴出してしまった。
ドラコはチップスをかじったまま、「んっ?」という表情で見上げる。
ハリーは身を屈めるとテーブルの ドラコと視線を合わせた。
「 ドラコ、お座りして」
「……?」
名前を呼ばれた ドラコは何のことだか分からず、素直にテーブルに座った。
「お手」
ハリーの手が自分の前に差し出される。
意味が分からず ドラコは首を傾げながら、持っていたチップスを下に降ろした。
そのまま自分の右手を、ハリーの大きな手の上に乗せてみる。
ハリーはうなずいて、「じゃあ、お代わり」と言った。
ドラコは不思議そうな表情のまま、今度は左手をそっと乗せてみる。
するとハリーはドラコの仕草に嬉しそうに笑った。
「やっぱりかわいいよなー!僕の夢だったんだよなー。ペットを飼うの!」
その言葉にやっと一連の動作の意味を悟ったらしい。
「……なっ、なにっ!ペットって、この僕のことを言ってんのか?ちょっとまて、ハリー!貴様はなんて失礼なヤツなんだ!この貴族で純血の高貴な生まれな僕を、ペット呼ばわりはるなんて!失礼がすぎるぞ!ブン殴ってやるっ!」
真っ赤な顔で腕をブンブン回して殴りかかろうとした途端、両手で胴を掴まれ持ち上げられて、軽々と胸元へ抱き寄せられてしまった。
ハリーは派手に ドラコの頭を撫でまくって至極ご機嫌な様子だ。
「よーし、よし。よし……」
一瞬でせっかくセットしていた ドラコの髪はぐちゃぐちゃになる。
「やめろっ!!」
ドラコは大声を出すけれど、そんな声は聞こえないとばかりに ドラコの両脇をくすぐり始めた。
笑いたくもないのに、どうしようもなく笑い声がこみ上げてくる。
「――ひっ、ひ……、すぐったい!ちょっ、ちょっ……、と、待てよ!」
ドラコは腕の中で身をよじり、笑いたいのか怒りたいのか分らないような声を上げ続けた。
必死で逃れようとするがしっかり捕まえられているので、身動きもままならない。
「ハ……、ハリー……!いったい、なんでお前はこんなことをするんだ?」
じたばた暴れながらくすぐり続けている両手から、抜け出そうと身もがいた。
ハリーは笑顔のまま、 ドラコのほっぺたを撫でたり、お腹をつついたりして楽しそうだ。
「本当はもっとフワフワした小ネコとか、モコモコした犬が理想だけど、 ――もうドラコでいいや。手触りがよくないけど、僕と会話できるし」
ドラコを見て上機嫌にうなずく。
「だから何が、「うんっ!」なんだっ!!僕は由緒あるマルフォイ家の跡取りの――――」
また偉そうな講釈を垂れ流そうとした ドラコに、ハリーはずいっと顔を近づけた。
「そんなうるさいこと言っていたら、キスするよ」
ハリーが顔を近づけてきそうな素振りをしたので、ドラコは飛び上がる。
「ぎゃーッ!!!ギャーッ!!すっ、すみせん!もう、言いませんから、ゆっ、許して下さい!!――――ひぃーっ!!!」
らしくなくドラコはすぐに涙目になりながらペコペコ頭を下げた。
「ジョーダンだよ。冗談に決まっているだろ。あー、本当に ドラコは面白いなー」
ハリーは派手に腹を抱えながら笑い転げる。
まだショックだったのかプルブルと震えているドラコを抱きしめたまま、ハリーはベッドに倒れこんだ。
ドラコの背中をよしよしと撫でる。
小刻みに震えているのが、なんだかモルモットみたいでおもしろかった。
痩せているからさわり心地は悪いけど、髪の毛はサラサラしているし、胸の上に 乗せていると暖かさがじんわりと伝わってくる。
ハリーは自分の部屋をぼんやりと眺めた。
ひどい部屋だと思う。
――何もない部屋だ。
ただ寝るためだけの部屋。
古ぼけた家具に、お下がりの服。
窓の建てつけが悪く、うまく開けないと片方の窓枠が下に落ちそうになる。
隙間風もひどくて真冬は寒くてなかなか寝付けなかった。
机の上にはちびた鉛筆と割れて小さくなった消しゴムが転がっている。
教科書はバカな従兄弟がリーダーのグループに落書きされ、ノートは破られていた。
家では手伝いばかりに明け暮れて、宿題すらほとんど出来ずに学校へ行くから、先生には呆れられて、クラスメートは彼を無視する。
どこにも自分の場所がなかった。
楽しみなど何一つない毎日だった。
(――だけど……)
ハリーは少し笑顔になる。
(今は ドラコがいる)
小さな彼が転がるように自分の後を付いてきたり、ハリーのことを自分のことのように気遣っているのが、とても嬉しかった。
殺風景な部屋の中に彼がいるだけで、なんだかホッとする。
部屋の中が暖かく感じられた。
ハリーの口元に、自然と笑みがこぼれる。
ここ数日間でひどくハリーは ドラコのことが気に入ってしまっていた。
――だからこそ、時々ものすごく不安になる。
ハリーはどうしても彼に尋ねてみたいことがあった。
「――ねえ ドラコ。僕の本当の願いを叶えたら、君はどうなるの?」
彼は顔を上げ、青い瞳を見せて答える。
「そりゃー……、望みを叶えると、僕は元の自分の住んでいる世界に戻るよ。契約は終了して終わりだ。魔法界に帰って君と会うこともなくなるから、今みたいに迷惑はかけない。安心しろ」
「…………ふーん……。やっぱり、そうなんだ――」
ハリーの表情が曇る。
「ああっ!なんだっ、その表情は!僕が下手くそな魔法使いだから、出来ないと思っているんだなっ!まったくお前はなんて、失礼なヤツなんだ!」
ドラコは膨れた顔で、にらみつけた。
「――いや、別に君の魔法のことは何も思っていないよ」
ハリーの慰めの言葉に、 ドラコはがっくりと肩を落とす。