ジターバグ “薔薇の花嫁”
コツ、コツ、コツ。
足を踏み出す毎に靴は規則的なリズムを刻み、その音を廊下に響かせる。
フランシスはとある商用ビルの廊下を歩いていた。入っているオフィスの就業時間をとっくに過ぎている為に廊下は既に電気を落とされていて、彼以外がそこを通る気配はない。淀みなく足を動かしていたフランシスは突然ぴたりと動きを止める。
目的の扉の少し手前に、壁に寄り添うような人影があった。
「こんばんは、フランシスさん」
小柄な人影はにこやかに声を掛けてきた。それが馴染みの探偵の声であることを確認して、フランシスは漸く肩の力を抜く。
「驚かせないでよ、菊…張り込まれてたのかと思っちゃったじゃない」
菊はにこりと笑みを作ると、ぱちりと携帯電話を開いた。
「駄目ですよ、私に動きが読まれているようでは」
ボタンを押そうとする動きに慌ててフランシスは菊の名前を呼んだ。
「今度は何がお望み?菊ちゃん」
すると菊は爛々と目を輝かせた。その様は普段よく見ているものだ。主に共通の趣味の話を喜々としてしている時にする目。なんだか嫌な予感がした。
「○パン三世の2○話で彼がやったみたいにして脱出してください!リアルルパンテラ萌え!」
両手を拳にしてぶんぶん縦に振る様子はとても真面目な探偵には見えなかった。怪盗の仕事を見逃す時点で真面目ではないが…。
「やってくれなきゃアーサーさんたちの味方になっちゃいますよ?」
可愛く笑いながら首を傾げる菊は実は小悪魔なんじゃないかとフランシスは引き攣った顔を戻せずにいた。
2○話、2○話ね…とそのシーンを思い出して、フランシスは半眼になる。アレをリアルでやれというのか、菊は。それは何というか、非常に酷だと思うのだが。第一華麗に盗み出した感じが台無しになるんじゃ…とぶつぶつ言いながら、フランシスは恨めしそうに菊を見る。
しかしやらない訳にはいかないのだろう。やらなかったなら絶対に、菊はアジトの場所を警察に垂れ込む。彼はそれくらいはする、本当に。
「精一杯努力するよ…」
曖昧に笑うと、それでこそフランシスさん、と満面の笑みが返ってきた。
作品名:ジターバグ “薔薇の花嫁” 作家名:久住@ついった厨