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【腐】快新短編 詰合せ4本

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「外に救急車を待機させてるから、念のため病院へ」
 男に耳打ちして外に押し出す。脱出したのを確認すると、自らは素早く非常階段の影に隠れた。
 生還者に気付いた消防隊員が駆け寄って来るのを視界の端で確認し、踵を返す。
 目と鼻の先に、電球の切れた外灯があった。逃走経路の一つにと思い、予め線を切っておいたものだ。薄暗くなっているブロック塀を乗り越えて、サイレンの鳴り響く現場を背に走り出した。
 何時の間にか雨の勢いは増しており、消火活動には都合が良いけれど、走行中の身には辛い。堅苦しい制服を脱ぎ捨てて私服姿になったものの、すぐに布地に水分が染み渡り、重たく皮膚に張り付いてきた。
(いま何時だ……?)
 走りながら腕時計を確認すると、時刻は22時を回っていた。遅刻は確定だった。
 少しでも早く待ち合わせ場所に着けるよう、足の回転数を上げる。

 この道の先に、新一が待っている。

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 新一から会おう、なんて言ってくれるのは稀で、指定された日にちの意味に気付いて、もっと驚いた。
「ね。その2時間後って、何の日だか知ってる?」
「……知らねぇ」
 電話越しでも見え透いた嘘だと解かるほど、素っ気無い返答だった。あからさまな態度に、快斗は声を立てて笑った。
「あははは、可愛いなー新一は」
「うっせー、そういう事言うなっつってんだろ!」
 自分の誕生日ですら覚えられない無頓着者なのに、快斗の誕生日を知っていただけでも奇跡だ。恐らく、哀あたりの入れ知恵だろうけれど。
「……あー。でもオレ、その日仕事入ってるわ」
「はぁ?」
 電話口の声が素っ頓狂に引っ繰り返った。何もそんな日に入れる事はないだろうと無言の批判が聞こえそうだ。
「……いーよ、終わってからで。待っててやる」
 少し不貞腐れたような、ぶっきらぼうな声が返ってきて、いっそう驚く。揉め事があると折れるのは大抵自分の方なので、新一の譲歩は快斗にとっては一大事だった。何か言葉を返さなければと思ったけれど、数秒の無言空間に耐え切れなくなったらしい新一から、じゃあな、と一方的に通話を切られてしまう。
 喉の奥に詰まったままだった”ありがとう”をそっと吐き出して、携帯電話を握り締めた。
 早く会いたい。電話を貰ったその日から、その思いだけが胸を占めていた。


Island2


 信じられないほど、息が上がっていた。
 いつもは数キロ位なら難なく走り切れるのに、今日はやけに四肢が重たい。意識だけは先行して前へ前へ進もうとするのに対し、身体はずぶずぶと後方の闇に引き込まれていくようだった。このまま魂と肉体が乖離してしまうのではないかと怖くなる。
 硬いコンクリートの衝撃を、強張った筋肉が吸収しきれず、何度も足が縺れた。
 自分の息遣いがやたら煩くて神経が削られる。息を吐き出すばかりで上手く吸い込めなくて頭が朦朧とする。苦しい。でも止まる訳にはいかない。
 雨は相変わらず降り続いていて、陰鬱な気分に拍車を掛ける。
 月が出ていないから光が見えない。明かりが無いから新一の影を見つけられない。真っ暗な道をただひたすら信念だけで走れるほど、自分は強い人間ではない。早くこんな不安を打ち砕いて欲しいのに。
(何でこんなに必死で走ってるんだ?)
 まるで、何かから逃げるみたいに。
 脳裏には、轟々と燃え上がる炎の映像が焼き付いて離れない。
 あの色は絶望だ。血の色。人の命を奪う色。寧ろ人の命そのものかも知れない。
 先刻は無我夢中だったので惰性で乗り切れたけれど、あの炎の中に居たのかと思うと今更ながらにぞっとした。
(欺瞞だったんじゃないのか?)
 正義のヒーローを気取って、他人に「生きろ」なんて説教しておいて。自分も同じ犯罪者の癖に。
 もしあの社長の娘が、犯罪に手を染めていた父の存在を否定したら。あの時死んでいた方が男にとっても家族にとっても幸せだったかも知れない。
 人の苦しみなど十人十色だ。勝手なお節介で複数の人を不幸にしてしまったのではないだろうか。
(オレはどうすれば良かった?)
 自分の言動に自信が持てない。何故こんなに動揺しているのかも解からない。不安だから強迫観念に駆られて辛い。
 あの炎を見た瞬間から、平静を保っていた均衡が焼き崩されてしまったのだろうか。
(何から逃げたいんだ?)
 過去から。炎から。父の死という現実から。無力な自分から。
 詰まる所、現実逃避したいだけなのか。
(違う! 新一が待っているから……)
 理由を付けて弱さの言い訳をしているだけだ。
 だから動機は激しくなる。偽っているから、欺いているから、誤魔化し切れなくて苦しい。自らをコントロールするだけの精神力もない癖に、自分を爆破する勇気もない癖に、正面玄関だけ吹っ飛ばして被害妄想に浸っていた先刻の男みたいに、自己偽善に塗れて生きてきた癖に。
 突然、ぐん、と左手を掴まれた。
「!」
 遠心力でつんのめりそうになるのを、咄嗟に出した左足で踏ん張って堪えて、ギッと前を見据える。急に行く手を阻まれて激しい怒りが沸いた。こんな中途半端な場所で立ち止まる訳にはいかない。
(邪魔すんな!)
 手首を掴む何かを振り解いて走り出そうとした背中に、今度はふわりと温かいものが覆い被さった。
「快斗!」
 耳朶に届いたのはよく知った声音で、今一番聞きたい声でもあった。でも、こんな所に彼が居る訳が無い。とうとう幻聴まで聞こえ始めたのか? 焦燥で目の前が真っ暗になった。
 早く。早く。行かなくては。
 何かを背負ったまま、快斗はじたばたともがいて足を進ませる。
「もう走らなくていい!」
 叱り付けるような厳しい声に、ふっと意識が引っ張られた。
 これは幻聴などではない。本物の、ちゃんと血の通った、温度の感じられる肉声だ。
「止まっていいから」
 気が付けば、1ミリの隙間も無いほどにしっかりと羽交い絞められていた。背中からじわりと体温が伝わってきて、ずぶ濡れの冷え切った身体に意思が蘇る。
「オレは此処にいる」
「……しん、い……?」
 漸く目の焦点が合って、自分を抱き締める腕の主を認識する事が出来た。
 新一が此処に居る。
 何故かは解からないけれど、此処に居る。だったら、もう前に進まなくても良い。苦しい思いをして走らなくても、探さなくても良い。すぐ其処に居る。
(そっか、もう行かなくてもいいのか)
 そう思ったら、地面の底が抜けたみたいにガクンと視界が下がった。新一が背中を支えてくれなければ、地べたに崩れ落ちていただろう。目的の場所に辿り着かねばならないと言う強固な意志が消滅して、糸を切られた操り人形のように力が入らなくなった。
「……ごめん、新一」
「いいよ。何も喋るな」
「うん」
「返事もすんな」
「…………」
 言葉を封じられても、何故此処に新一が、という疑問で頭が一杯だった。それを悟ったらしく、新一は渋々口を開く。
「予告状出した店で、爆発があったって聞いたから」
 それで、心配して来てくれたのか。
 ちゃんと話したことは無かったけれど、9年前の爆破現場に居合わせて以来、爆発物関係が不得手だと気付いていてくれたらしい。