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【腐】快新短編 詰合せ4本

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 その上、逃走ルートにこの道を使うと推測して、待っていてくれた。
(さすが新一)
 少ないヒントを組み合わせて真実のピースを導き出す才能は、こんな所でも発揮されるのかと感嘆した。
(……傘)
 ふと、少し離れた場所の新一のものらしい青い傘が転がっているのに気付いた。もうすぐ夏至を迎えるとは言え、真夜中に屋外で雨に打たれ続けていたら風邪をひいてしまう。
 もう大丈夫だから、と言う意味を込めて、肩に回されている新一のパーカーの袖を引っ張った。
「ごめん、新一まで濡れてる」
「このくらい何ともねーよ」
「でも、せめて屋根のあるとこに行こう」
 近くにバス停留所があり、小さな待合所らしきスペースが設置されていた。終バスはとうに過ぎているので人気の無い寂しい空間だったが、ずぶ濡れの様相でどこかの店に入るのも躊躇われたので、並んでベンチに腰掛けた。
 特に話すこともせず、ただ何と無く空を見上げていた。
 雨を依然と降り続いていて、暗い夜闇の更に上を行くどんよりとした雲で、上空はおどろおどろした雰囲気を醸し出していた。
 きっと雲の上には平和な世界が広がっていて、其処にポツンと白い月が浮かんでいるのだろう。
 分厚い雨雲を透視して月が見えるようになれば良いのに、と思った。
 あの日、欠けた月の微かな光で新一の影を見出したように、無償に月下の光明が恋しかった。
「傷、見せてみろ」
 唐突に話しかけられて、右手を取られる。硝子を叩き割った際に生じた裂傷は、幸い軽い程度で済んだので出血は止まっていたが、雨に晒されてふやけた傷口は生々しく、手の甲を無残な姿に演出していた。新一に呆れられたように睨まれたが、すぐにパーカーのポケットからハンカチを出して傷口を拭ってくれた。
「手、冷てぇな」
「普通だよ」
 実際には寒さで震える歯の根がみっともなく鳴らないように抑えるのが大変だった。そんな強がりなどお見通しなのか、新一は少しでも自分の熱を分けようと、右手を両方の手のひらで包み込んでくれた。
「……たんじょうび」
 ぽつり、と新一が呟いた。一瞬空耳かと思ったが、聞こえた文字を漢字に変換してみて、恐らく確実に発された言葉だと知る。
「……今日、お前誕生日だろ」
 それだけ無愛想に言うと、後に何を続けるでもなく黙り込んでしまった。懸命に次の言葉を探しているようだけれど、何かを発言しようとする度に眉間の皺が深くなっていく。まるで顔芸のようで可笑しかったが、此処で笑ったら暫く口を利いてくれなくなるだろうと思い、我慢した。
 新一が何を言いたいのかは勿論解かっているので、快斗はゆっくりと息を吐いた。
「……うん。ありがとう」
 電話を貰った時から伝えたかった謝辞だ。
 どんな品物や言葉よりも、右手に伝わる温もりと、隣に居てくれる事が何より一番のプレゼントだと思った。
「落ち着いたら、帰ろう。送ってくから」
「えっ、いいよ、女じゃねーし。うちなら一晩くらい帰らなくってもヘーキだし」
「口答えすんなっつってんだろ。それに、今日は帰っとけ」
「へ?」
 すぐに誕生日だからか、と思い至って、何も言えなくなった。ぼんやりと母親の顔が頭に浮かぶ。
 幸いな事に今日は休日だから、帰って泥のように眠って、目が覚めた頃には家中が母の焼いたケーキの甘い香りで充満しているのだろう。
「そっか」
 せっかく新一に会えたのに残念だけど、帰る家のある幸せと、待っていてくれる家族の存在を思い出し、素直に従おうと思った。先程までの混乱が嘘のように無くなり、穏やかな海のような静かな意識が広がっていく。
 その感覚を思い出させてくれたのは新一だった。

 月明かりの無い夜でもこうして見つけられたのは、きっと新一が太陽だからだと思った。

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 Island3


 黒羽家に着いた頃には深夜1時を回っていたので、すっかり休んでいると思われた快斗の母は、帰宅した息子の気配を敏感に察知したらしく、奥の部屋から2枚のバスタオルを持って出てきてくれた。
 快斗も面食らったような表情をしていたので、通常なら就寝している時間なのだろう。
 おかえり、と柔らかな声音で囁き掛けられて、新一まで心が温かくなるのを感じた。
「非常識な時間にお邪魔してすみません」
「いいのよ、工藤くんはもう一人の息子みたいなものだし」
 自らの一人息子と容姿も体系も似ている新一を、快斗の母は以前から可愛がってくれた。元々、新一の母であり元女優の藤峰有希子の大ファンだったらしい。深夜の訪問であるにも関わらず嫌な顔一つしないで、逆に嬉しそうですらある。
 くるくるとよく動く瞳は表情豊かで、他人に不快な印象を与えない。好意を抱いた相手には人懐こくなる快斗の性格は、母からの遺伝だろうと勝手に推当てた。
 快斗を送り届けたら自分の家に帰るつもりだったけれど、もう遅いから、と強く勧められて、結局新一は黒羽宅に泊まって行く顛末となった。
 身体の冷え切っていた快斗を先に風呂へと押し込んでくると、ダイニングキッチンで快斗の母に熱い紅茶を淹れて貰う。
「遅くまで起きてらっしゃるんですね」
「今日は特別。いつもはとっくに寝ちゃってるわ」
 空色のパジャマに白いカーディガンを羽織った快斗の母は、苦笑気味にはにかみながら自分の分の紅茶にミルクを落として、新一の相向かいに腰掛けた。
 さり気無く退けられたテーブルの上には、洋菓子の料理本が置かれており、所々に付箋が貼られている。息子の為に焼くケーキを選ぶ作業はきっと楽しい時間だったのだろう。母親の心境は解からないけれど、逆に母の誕生日プレゼントを買いに行った時のこそばゆい気分を思い出して、新一は何とも言えない懐郷に襲われた。
「今日は快斗の誕生日だし。もうすぐあの人の命日だから、そろそろ情緒が不安定になる頃で、ちょっと心配だったの」
 カップを持つ手がピクンと反応した。
 世界的マジシャンだった黒羽盗一の急逝は、新一の記憶にもうっすらと残っている。そういえば、ニュースを見た日は雨が降っていたような気がした。
「もうあの子も、父親と過ごした時間より、亡くしてからの時間の方が長くなるのね」
 誰に語るでもなくしんみりと呟いて、快斗の母はハッとしたように顔を上げた。
「いやね、辛気臭い事言ってごめんなさい」
「いえ……」
 場の空気を紛らわせるために紅茶を啜りながら、新一は9年と言う歳月に思いを馳せた。
 どんなに大切な思い出も、強い思念も、時間と共に少しずつ風化する。忘れたくなくとも徐々に薄れていく記憶に、時には嘆き悲しみ、時には救われもする。この脳の忘却機能が麻痺してしまうと、人は精神にも身体にも影響が出てしまうのだろう。
「工藤くん」
 不意に呼び掛けられて、思考の海から意識を戻す。
 声のした方を向くと、そこには凛とした強い瞳があった。
「あの子の事、連れて来てくれて、どうもありがとう」
 深々と頭を下げられて、胸がぐっと押し付けられた。
「頭、上げてください。本当にオレ何もしてないです」
「ううん、違うわ」
 首を振って否定し、快斗の母は持っていたマグカップをテーブルの上に置いた。
「私ね、主人とあの子の秘密、知ってるから」
「……へ?」