toccata
随分時間がかかってしまった。
指定された住所へ早く届けて下さい、バイク便のお兄さんの背中に念ずる。
「お疲れー」
「お疲れ様です」
「…で?結局誰にしたんだ?」
「社長にメールをしたら、”リューヤさんに判断して貰ってチョーダイ”ってなりまして…」
「だろうな…」
「日向さんに確認して貰ったら、愛島とならば大丈夫じゃないか、と」
「…それはトークがあやしくなると思うが…」
「…どちらもボケ、ですからね…。あっ、勿論二人じゃなくて、嶺二も入れました」
「え?あいつも演奏するのか?」
「そこは、向こうに判断して貰おうかと。とりあえずは、那月一人じゃないって言う事を事務所は言えればいいかな、と」
「…その消極的な態度は、後で社長につるしあげられるんじゃないか?」
「ひぃぃぃっ」
社長からのきついお仕置きが浮かんだ。
顔があおざめている。
「それより、嶺二がその場をぶち壊さなければ良いんだが…」
「…や、やっぱり人選間違えましたかね!」
「……セシルまでは良かったとは思うが、…あいつかぁ…何であいつ?」
「収録の予定日を貰っていたので、そこのスケジュールが空いているのが彼しかいなくて…」
「……」
「と、と…トークは面白くなると…思うんですが!」
泣きそうになっている目前の人間の両肩にぽん、と手を置きしっかりと目を見てこう告げる。
「勝負(ギャンブル)は時の運だっ」
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18時58分。
スタッフが慌ててテレビをつける。
BDデッキの電源を入れる。
チャンネルを合わせて、その瞬間を待つ。
<ニュース・18時ですよ、の後は…>
<GOGOアイドル調査隊!>
<今日は、僕たちが頑張りますっ>
ニュース終わり、CM明けて次の番組の予告映像が流れた。
画面には、兎と犬の着ぐるみを着た那月と音也が映っていた。
”GOGOアイドル調査隊”と言うのは15分番組で、新人アイドル達が10分間の間に渡されたミッションをクリアーすると言うもの。
ミッションは、例えば算数のドリルをとく、と言ったものから自分の事務所の先輩達のイントロクイズ、前日に経済の話を聞いて、翌日昨日話して貰った経済の話についてのクイズに答える…と言ったものまで様々だ。
「ステーションブレイク、しっかり録画できました」
「サンキュー」
デッキは動き続けている。
「…しかし、これはステーションブレイクって言うのか?」
「CMと言えばCMですし…」
「でも、普通はスポットCMに使う言葉だろ?」
「…まぁ…良いんじゃないですか、社長が言っていたんだし」
社長が絶対と思えば、それが正解かもしれない。
デッキはまだまだ動いている。
画面の向こうでは音也・那月が、紹介されていた。
マネージャーから二人のこの日の様子は聞いていたのでデスクの人々は安心していた。
「…音也…頑張ったよな…」
「うん…」
二人が挑戦させられたのは、5分で記憶したものを1分休憩して4分で書きあげる、と言うもの。
音也に関しては、歴代総理とその在職日数。
那月に関しては、全国の水族館にいる魚の名前。
それぞれ同時にフリップを見せられ記憶するのである。
規定数を超えれば、学園時代のオーディション楽曲を番組の終わりに1コーラス流して貰える。
但し、両方規定数に達した場合は、じゃんけんで決定。
勿論勝った方が流れる。
負けた方は番組サイトでしか流れない。
この番組、全国放送である。
荒削りとはいえ、一番最初の「一歩」な曲が全国で流れるとなれば例え同じ事務所でもライバルだ。
結論としては、どちらも規定数には達しなかった。
那月に関しては、魚さん可愛いですね〜、と言い出して結局フリップをしっかり見ずに自分が知っているものを答えて終了。
音也に関しては、あの時間でよくぞそこまで入った、と言う状況だった。
総理は現時点で62名。
最高在職日数は、桂太郎の2886日。
音也が答えたのは、29人分だった。
とても残念そうにしていた表情が、デスク達からすれば、いやその場にいたマネージャーからすれば彼と同じくらい悔しいことだっただろう。
早乙女学園もシャイニング事務所も、どちらかと言えば「体力」「気力」が重要視されている感がある。
今後は「知力」も備えなければいけないな、と番組を見ていた事務所関連の人間はそう肝に銘じた。
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20時10分。
「ただ今戻りました〜」
声に疲れが少し乗っている。
「お帰り、翔〜お疲れさまでーす」
「あ、お疲れ様ですっ」
お疲れ様、を言い忘れた事をはたと思い出し、翔は背筋を伸ばして頭を下げる。
翔は今日丸一日がかりのオーディションに参加していた。
参加人数は150人ほど。
午前中は、その場で付けられる振りを覚えて披露するダンス審査。
ここを通ると、午後よりその場で渡される台本を使った演技審査。
そして、オーディション前に渡されていた楽曲の歌唱審査へと進む。
翔は、ダンス・演技審査を通り、歌唱審査まで進んだためこの時間になっていた。
「結果は何時だっけ?」
「数日後、らしいです。電話で」
「了解、今日は一日本当にお疲れ様」
「いえ、こちらこそ遅くまですみません…時間…」
「ん?あー、大丈夫大丈夫。それがこっちの仕事だから」
事務所のスタッフの就業時間は、20時までとなっている。
だがこれは表向きな話で、何だかんだで22時頃に帰宅する者もいれば、てっぺんを回って帰宅する者もいる。
「アイドルの皆だって、24時間働くことあるんだから。こっちの事は心配しないで、大丈夫だから」
「…いつもありがとうございますっ」
翔はそう言って、今日会場で受け取った資料を渡し寮へ帰って行った。
さてと…と背伸びをしてメールのチェックをもうひと踏ん張りする為に、会話相手は自分の机へ戻って行った。
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21時。
帰り仕度をしていると、事務所のドアが開く。
かつんかつん、と革靴が床を叩く音が聞こえてきた。
自分がいる所しか電気をつけておらず、それ以外の所は薄暗い。
不安になってとりあえず手元に固めの本を持つ。
携帯は首にかかっている、と確認をし、音の方へ向かう。
すると、白いスーツがこちらに向かってきているのが分かった。
眼を細めてよく眺めると、そこには“伯爵アイドル”で売りだしているカミュがいた。
「あ、あれ?カミュさん、どうしたんですか?」
「ふむ…どうやら渡された資料が間違っていたようだ」
「あ、わざわざすみません」
「何案ずるな。近くを通りかかっただけだ。これを届ける位、私の仕事の邪魔にはならん」
カミュから資料を受け取り、様々な資料が入ってる棚へ向かい探してくる。
「ありがとうございました。えっと…これですね、カミュさんの分は」
今度は間違えなく、彼が担当する分の資料をしっかり手渡す。
「いや、気にするな…最近は事務所も忙しいのだろう。この私にとっても中々の仕事量だ。だが、私だからこそこなせるのだがな」
髪を掻きあげながら自慢げに、上から目線で喋りかけてくるのをニコニコ右から左へ受け流していく。
もう慣れっこだった。